池上永一さんの『テンペスト』は、琉球王国が国として終わりに向かっていく十九世紀の那覇を舞台にした長編小説です。主人公の真鶴は、女であることを隠して男の官吏「孫寧温」として王府に入り、清と薩摩、そしてやがて現れる西洋の船の間で、王国の舵を取る側に立たされます。角川文庫で全四巻、四季の言葉がそのまま巻の題になっている構成です。
この作品を読む前に、ひとつ迷うところがあります。琉球王国そのものをほとんど知らないまま物語に入ってよいのか、それとも歴史の本を一冊先に読むべきなのか。私も今朝、小説の四巻と歴史の新書を並べて値段を取り直しながら、そこを先に書いたほうが親切だと思いました。結論を先に書くと、電子の四巻2,156円に岩波新書『琉球王国』946円を足した3,102円は、紙の文庫を四冊そろえる3,168円より66円安く、しかも歴史側の一冊が増えます。
迷ったら、この1冊から
最初の一冊は電子版の第一巻「春雷」をおすすめします。319円なので、合わなければそこで終われます。那覇の市場の匂いと、王府に入る前の真鶴の暮らしが書かれる巻で、この作品の体温がいちばん分かる入口です。
『テンペスト』とは——国が消える前の二十年を、内側から書いた小説
舞台は十九世紀半ばの琉球王国です。王国はこのころ、清から王の位を認められる関係と、薩摩から受ける支配の両方を抱えていました。そこへ西洋の船が来航し、やがて明治の新政府による処分へと向かいます。『テンペスト』はその二十年ほどを、王府の机の上から書いた小説です。戦の場面で盛り上げる作品ではなく、どの文書にどの言葉を使うかで国の立場が変わっていく緊張が中心にあります。
琉球の歴史は、立場によって見え方がかなり違う分野です。王国の終わりをどう呼ぶか、誰の判断をどう評価するかについても、研究のうえで見方が分かれています(※諸説あります)。この小説はその論争に答えを出すものではなく、あくまで「そこに生きた人の目から見るとどう見えたか」を描いた物語として読むのが向いています。海を渡る人や物から日本の歴史を眺めたい方は海から読む日本史 完全ガイドも先に開いてみてください。
あらすじ——女として生まれ、官吏として生きる
真鶴は、那覇の士族の家に生まれた娘です。ある事情で家を離れ、男として生きることを選び、科挙に相当する試験を抜けて王府の官吏になります。名は孫寧温。語学と算術に抜きんでた新人として抜擢され、清への使節、薩摩との交渉、財政の立て直しといった仕事を次々に任されます。
物語が進むと、寧温の有能さそのものが危うさに変わっていきます。手柄が増えるほど敵も増え、性を偽っているという一点が、いつ誰に握られてもおかしくない弱みとして残り続けるからです。後半では王国の立場そのものが揺らぎ、寧温が机の上で選んできた言葉が、もう何も守れない局面に入っていきます。結末には触れませんが、この作品は「国が無くなるとき、そこで働いていた人は何を手元に残せるのか」という問いで閉じていきます。
読みどころ——私が引き返せなくなった二箇所
一、文書の一語を選び直す場面
私がこの小説に本気で引き込まれたのは、合戦でも恋でもなく、文書の文言を直す場面でした。清への書き方と薩摩への書き方を同時に成り立たせるために、寧温が一語だけ入れ替える。読んでいるこちらには、その一語がどれだけの重さを持つかが、前の章の積み上げでもう分かっています。武器を持たない国の戦い方が、机の上の語彙でしか表せないことを、場面で理解させてくる書き方でした。
二、巻の題が季節の言葉になっている構成
春雷、夏雲、秋雨、冬虹という四つの題は、飾りではありません。読み終えてから並べ直すと、王国の二十年がそのまま一年の天気として置かれていたことに気づきます。私は第四巻の題を見たときに、これは最初から決まっていた構成だと分かって、少し呆然としました。長編を四つに割る理由が、内容の側にちゃんとある作品です。
物語から入るか、史実から入るか——四つの軸で比べる
琉球王国を知りたいとき、入口は二つあります。小説『テンペスト』から入るか、歴史の新書から入るか。歴史側の定番としては、高良倉吉さんの岩波新書『琉球王国』を置いて比べます。
| 軸 | 小説『テンペスト』全4巻 | 新書『琉球王国』 |
|---|---|---|
| 初めての人向け | ◎ 人物の事情から入れる | △ 用語と制度が先に来る |
| 史実に近いか | △ 主人公は創作 | ◎ 研究にもとづく記述 |
| 短い時間で読めるか | △ 四巻ぶんの長さ | ◎ 新書一冊 |
| 読後に残るもの | 当時の人の判断の重さ | 王国の仕組みの見取り図 |
決め方は単純です。人から入りたい方は小説、仕組みから入りたい方は新書。そして両方を順に読むなら、小説を先にしたほうが新書が面白く読めます。制度の名前が出てきたときに、それを使っていた人の顔がもう浮かんでいるからです。立場を自分では選べなかった人の物語をまとめて読みたい方には自分では選べない立場を背負った人の歴史まんが・小説5選もあります。
値段の実際——電子2,156円・紙3,168円・新書946円
角川文庫版の価格を、商品ページの版の切り替え表示から一冊ずつ取りました(本日時点)。注意したいのは、電子の価格が巻ごとにそろっていない点です。第一巻と第四巻が319円、第二巻と第三巻が759円で、掛け算では総額が出ません。
| 版 | 価格 | 四巻の合計 |
|---|---|---|
| 電子(第一巻・第四巻) | 各319円 | 2,156円 |
| 電子(第二巻・第三巻) | 各759円 | |
| 紙の文庫(各巻) | 792円 | 3,168円 |
| 単行本 上 若夏の巻 | 2,251円 | 上下で4,502円 |
単行本は上下二冊の構成で、上巻が2,251円。文庫四冊より高くつくので、これから読む方が選ぶ理由はあまりありません。通読するなら電子の四巻2,156円がいちばん安く、紙の文庫より1,012円下がります。紙で持ちたい方は、巻ごとの値段が同じ792円なので総額の計算がしやすいほうが利点です。
楽天ブックスでも第一巻を確認しました。792円・在庫ありで、紙の文庫はこちらでも同額です。ポイントを楽天側にまとめたい方は、こちらでも損はしません。
もっと深く知りたくなった方には、同じ著者の『琉球の時代』がちくま学芸文庫に入っています。紙1,540円、電子1,397円で、王国の成り立ちから見直す本です。
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こんな人におすすめ
- 合戦ではなく、交渉や文書で動く歴史小説を読みたい方
- 日本史のなかで琉球を一度も通らずに来てしまった方
- 有能さが身を守ってくれない状況の話に弱い方
- 長編を季節ごとに区切って読み進めたい方
現代の私たちへ
寧温がやっていたのは、勝てない相手が二つある状況で、どちらにも致命的な言葉を渡さないという仕事でした。選べる手が少ないときに、残っている一語を選び直す。これは組織で働く人が今も毎日やっていることだと思います。この小説が効くのは、そういう仕事に手柄らしい形がつかないことまで書いてあるからです。うまくやっても誰にも分からない日が続く、という感覚に心当たりがある方には、長く残る一作になります。
まず費用をかけずに読み始めたい方へ
読み放題や朗読の無料体験から入ると、合わない本に当たっても損をしません。対象作品は入れ替わりますので、気になる本があるかどうかはリンク先でご確認ください。
よくある質問
全部で何巻ですか
角川文庫版で全四巻です。春雷・夏雲・秋雨・冬虹の順に読みます。単行本は上下二冊にまとまっていますが、中身は同じ作品です。
琉球の歴史を知らなくても読めますか
読めます。制度の説明は作中で必要なぶんだけ出てきますし、主人公が新人として王府に入るので、読者もいっしょに覚えていく形になります。用語を先に押さえたい方だけ、新書を一冊足すとよいと思います。
主人公は実在の人物ですか
孫寧温は創作上の人物です。周囲の出来事や王府の仕組みには史実が下敷きになっていますが、人物の評価や出来事の解釈には見方の違いもあります(※諸説あります)。史実として確認したいところは歴史の本で当たり直すのが安全です。
まとめ——電子の四冊に新書を足して3,102円
数字をもう一度並べます。電子の四巻2,156円、紙の文庫四冊3,168円、単行本上下4,502円、岩波新書『琉球王国』946円。電子で通読して新書を一冊足す3,102円が、紙の文庫だけをそろえるより66円安い——これが今朝の実測です。琉球を初めて通る方にとっては、物語で人を覚えてから仕組みを確かめるこの順番が、いちばん戻ってこられる読み方だと思います。
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