古事記を一度は読んでみたい。そう思って本を開いたものの、固有名詞の多さと言い回しの遠さで途中で止まってしまった——という経験は珍しくありません。現代語訳を選べば意味は取れますが、今度は「原文の手ざわり」が抜け落ちてしまう。この二つを同時に立てるのは、じつはかなり難しいことです。
こうの史代さんの『ぼおるぺん古事記』は、その難しさに正面から取り組んだ全3巻です。セリフを書き下し文のまま置き、意味は絵の側で支えるという組み立てで、原文を捨てずに最後まで読ませます。ここでは作品の中身と、実際に読み通すための「併用のしかた」を整理します。
『ぼおるぺん古事記』はどんな作品か
版元は平凡社、第1巻『天の巻』は2012年5月27日の刊行で130ページ。第2巻『地の巻』、第3巻『海の巻』と続き、全3巻で神代(神々の時代)が完結します。作者あとがきでは人代への意欲にも触れられていますが、神話の部分はこの3冊で読み切れる構成です。
題名のとおり、全編がボールペンで描かれています。スクリーントーンを使わず、吹き出しの文字も手書き。線の細さと均質さが、神話の素朴さと不思議に噛み合っています。
- 第1巻『天の巻』(平凡社)…参考価格 1,100円/読者評価は5点中4.4(221件)
- 第2巻『地の巻』…参考価格 1,320円/5点中4.6(143件)
- 第3巻『海の巻』…参考価格 1,320円/5点中4.6(133件)
- 全3巻セット…3冊そろえた場合の参考価格は合計3,740円
※価格・評価はいずれも執筆時点で確認した参考値です。変動しますので、購入前に商品ページでご確認ください。
「絵」と「原文」の二段構えが効く理由
セリフが書き下し文のまま置かれている
この作品の核心は、本文を現代語に置き換えていないことです。神々のセリフもナレーションも書き下し文のまま進みます。最初の数ページは戸惑うかもしれませんが、読み進めるうちに原文特有のリズムが耳に残るようになります。意味を追う前に、まず調子に慣れてしまうという入り方です。
意味は絵の側が引き受ける
では意味はどう取るのかというと、絵が担当します。誰が誰に何をしているのか、どこにいるのかが画面で分かるため、言葉が完全に読めなくても筋を見失いません。文字で説明せず、絵で理解させるという分担が徹底されています。
欄外の注釈が三段目になる
さらに欄外には作者による注釈が添えられています。読者レビューでも「欄外の解釈がおもしろい」という声が見られました。絵で筋を追い、原文で味わい、注釈で背景を補う——この三段構えが、挫折しやすい古典を最後まで運んでくれます。
第1巻に入っている話
第1巻『天の巻』には11話が収められ、天地の始まり、国生み、黄泉の国、天の岩戸、ヤマタノオロチといった有名な場面が並びます。イザナキ、イザナミ、アマテラス、スサノオといった名前を聞いたことがある方なら、知っている単語が最初の1冊にほぼ出そろうことになります。
神話としての知名度が高い挿話が前半に集まっているため、1巻を読み終えた時点で「続きも読める」という手応えが得られやすい構成です。
実際に読み通すための順番
原文つきの本は、まじめに頭から精読しようとすると失速しがちです。次の順番をおすすめします。
- まず絵だけを追って1巻を通す。読めない語はいったん飛ばして構いません。
- 気になった段だけ、書き下し文を声に出して読む。全部やる必要はありません。
- その段の欄外注釈を読む。ここで背景が入り、意味が後から追いついてきます。
- 物足りなくなったら現代語訳や解説書を足す。順番が逆だと、たいてい原文まで戻ってきません。
現代語訳を先に読むと筋が分かってしまい、原文を読む動機が消えます。絵で筋を押さえたあとに原文へ行くほうが、結果として原文に触れる時間は長くなります。
第1巻だけでも「古事記が読める本になる」感覚はつかめます。まずは上巻から試すのが軽いです。
向いている人と、少し注意がいる人
向いているのは、古事記の名前だけは知っているが中身を読んだことがない方です。絵が筋を運んでくれるので、前提知識がなくても置いていかれません。小学校高学年くらいのお子さんが読み通したという声もあり、古文への入口としても使えます。
一方で注意がいるのは、現代語訳のような読みやすさを期待している場合です。セリフはあくまで書き下し文ですので、「意味がすべてすっと入る」本ではありません。読者レビューにも、言葉遣いが古文調で戸惑ったという感想がありました。意味を最短で知りたい目的なら、先に現代語訳を選ぶほうが合っています。
また電子版と紙で印象が変わるという声もあります。細いボールペンの線と欄外の小さな注釈を追う作りのため、画面の小さい端末では見づらく感じることがある点は、選ぶ前に知っておくとよいでしょう。
他の本と併せるなら
本作は神代で完結しますので、そのあと人代(歴代天皇の物語)まで進みたい場合は、現代語訳や解説書を別に用意することになります。神話そのものへの興味が続いているうちに、次の1冊を決めておくと流れが切れません。
同じ作者の作品から入りたい方には、こうの史代『この世界の片隅に』もあわせておすすめできます。日常の細部を積み上げていく描き方は本作とも通じています。神話や祭りの背景に関心が向いたときは『宗像教授伝奇考』、古事記が編まれた時代そのものを追いたいときは飛鳥・奈良時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドが入口になります。
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