箱根関所 歴史さんぽ|「入り鉄砲に出女」の道を歩く前に、箱根と東海道の3冊を比べる

箱根関所 歴史さんぽの記事アイキャッチ(写真=PIXTA) 歴史さんぽ

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箱根に行くと、たいていの人は温泉か芦ノ湖の遊覧船で一日が終わります。私も長いあいだそうでした。関所跡があることは知っていても、通り過ぎる場所だと思っていたからです。

ところが「入り鉄砲に出女」という言葉の意味を調べてから行くと、同じ建物がまったく違って見えました。ここは景色を見る場所ではなく、江戸幕府が二百五十年かけて人の出入りを止め続けた現場です。この記事では、歩く前に読んでおくと関所の見え方が変わる三冊を、同じ軸で比べます。

芦ノ湖の湖畔に復元された箱根関所と、色づきはじめた山肌
芦ノ湖の湖畔に復元された箱根関所。背後の山が色づきはじめる季節(写真=PIXTA)

迷ったら、この一冊から。関所ができる前の箱根を書いた司馬遼太郎『箱根の坂』は、なぜここが「境目」になったのかを地形から説明してくれます。

司馬遼太郎『箱根の坂』上巻を見る

箱根関所は、何を止めていた場所か

箱根関所が置かれたのは元和年間、江戸幕府が開かれてまもない時期とされます。役目は二つ。江戸へ武器が入ってくることを止めること、江戸から大名の妻子が出ていくことを止めること。これが「入り鉄砲に出女」です。

前者は反乱の芽を摘むため、後者は人質を逃がさないためでした。つまり関所は治安の施設であると同時に、参勤交代という制度を成立させるための装置だったことになります。芦ノ湖と山にはさまれた細い道は、そのために選ばれた地形です。

復元された箱根関所の大番所。紺の幕と柵、石垣が続く
関所の主要建物である大番所。番士が詰め、旅人の改めをおこなった(写真=PIXTA)

今の建物は復元されたもの

現在見られる建物は、発掘調査と江戸期の絵図をもとに2000年代に復元されたものです。建て直された新しさが、かえって当時の縮尺を実感させます。門から門までは驚くほど短く、逃げ場のない一本道であることが体でわかりました。

旧東海道の杉並木を歩く

関所だけを見て帰るのはもったいない場所です。湖畔から続く旧東海道には杉並木が残っていて、ここだけは復元ではなく当時から生きている風景です。石畳と苔と、見上げるほどの杉。

旧東海道の杉並木と案内板。石畳と苔むした木立が続く
旧東海道に残る箱根の杉並木。木陰が濃く、夏でも空気がひんやりする(写真=PIXTA)

この道を数百メートル歩いてから関所に戻ると、順序が逆だったと気づきます。旅人はこの並木を抜けた先で「改め」を受けた。そう思って門を見ると、建物の意味が変わります。

歩く前に読む三冊を、同じ軸で比べる

比べる軸は三つにしぼりました。①関所そのものが出てくるか ②活字が重いかどうか ③歩く前に読むか、歩いたあとに読むか。この三点で見ると、選ぶ本がはっきり分かれます。

①司馬遼太郎『箱根の坂』(全三巻)

北条早雲を主人公にした長編です。関所ができるより百年以上前の箱根を扱うので、関所そのものは出てきません。かわりに、なぜこの峠が権力の境目になり続けたのかを地形と経済から書いてくれます。

私はこれを歩く前に読みました。結果として、芦ノ湖を見た瞬間の感想が「景色がいい」から「ここで止められるわけだ」に変わりました。三巻あるので軽くはありませんが、箱根という土地の下地を作るには一番効きます。合本版なら三冊ぶんが一つにまとまります。

②十返舎一九『東海道中膝栗毛』(現代語訳)

弥次さん喜多さんが東海道を歩く、江戸のベストセラーです。関所は通る側の目線で出てきます。しかも彼らは真面目な旅人ではないので、手形や改めが庶民にとってどれだけ面倒だったかが笑い話として残っています。

原文は古語なので、はじめて読むなら岩波現代文庫の現代語訳が確実です。三冊のなかでいちばん軽く、歩いたあとに読んでも楽しめます。関所の緊張感を人間の側から薄めてくれる一冊です。

③小池一夫・小島剛夕『子連れ狼』

まんがです。拝一刀と大五郎が街道を歩き続ける物語で、関所や街道の描写が繰り返し出てきます。時代考証の細かさは劇画のなかでも群を抜いていて、番所や手形のやりとりが場面としてそのまま絵になっています。

活字が重いと感じる方はここから入るのが早いです。ただし全二十八巻あるので、歩く前の予習としては長すぎます。関所を見てから、あの門をくぐる場面を探しに戻る読み方が合っています。

三冊の違いを一行で

  • 『箱根の坂』=関所は出てこないが、なぜここだったのかがわかる。歩く前に読む本。
  • 『東海道中膝栗毛』=関所を通らされる側の話。軽い。歩いたあとでもいい。
  • 『子連れ狼』=関所と街道が絵で見られる。長いので、歩いたあとにゆっくり。

あなたはどれから読むか

行く前に一冊だけ読むなら『箱根の坂』です。関所を見たときの解像度がいちばん変わるのがこの本でした。旅程が詰まっていて時間がないなら『東海道中膝栗毛』の現代語訳を上巻だけ。半日で読めて、関所の場面だけでも十分もとが取れます。

そして帰ってきてから『子連れ狼』に入るのが、私にはいちばん気持ちよく回りました。自分が立った場所が絵になっているのを見つける読み方です。

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現代の私たちへ。箱根関所がしていたのは、人の移動を管理することでした。名前を確かめ、荷物を開けさせ、記録に残す。手続きの形はすっかり変わりましたが、移動する人を国が把握しようとする構図そのものは、いまも残っています。関所跡が観光地として整えられているぶん、そのことに気づきにくいだけかもしれません。

関所を出たあとに残るもの

門をくぐって湖側に出ると、視界がひらけて芦ノ湖が広がります。江戸から来た旅人は、ここで初めて「関を越えた」と実感したはずです。景色が急に開けること自体が、この関所の設計の一部だったのだと思います。

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