ジャンヌ・ダルクの話は、たいてい「神の声を聞いた少女が国を救い、火あぶりになった」の一行で終わってしまいます。私も長いあいだ、その一行以上のことを知りませんでした。山岸凉子『レベレーション(啓示)』全6巻は、その一行を最初から最後まで解体していく作品です。
読み終えて残るのは感動よりも、ずっと落ち着かない問いのほうでした。あの声は、いったい何だったのか。この記事では、あらすじ・読みどころ・どんな人に向くかを、実際に読んだ順序のまま整理します。
迷ったら、この1冊から。1巻は処刑直前のジャンヌが13歳の「あの日」を回想する場面から始まります。ここだけで作品の姿勢がわかります。
『レベレーション(啓示)』とはどんな作品か
『日出処の天子』『テレプシコーラ』の山岸凉子が、講談社「モーニング」で連載した歴史まんがです。モーニングKCで全6巻・完結済み。扱うのは15世紀フランス、百年戦争のさなかに現れたジャンヌ・ダルクの生涯です。
山岸作品を読んできた方なら、聖徳太子を「孤独な天才」として描いた『日出処の天子』を思い出すはずです。この作者は、聖人として語り継がれた人物の内側にある不安や孤独を掘りにいく。その手つきが、そのままジャンヌに向けられています。
史実としてのジャンヌ・ダルク
ジャンヌは1412年ごろ、フランス東部ドンレミの農村に生まれたとされます。イングランドとの百年戦争でフランスが劣勢だった1429年、オルレアンの包囲を解き、同年シャルル7世をランスで戴冠させました。しかし翌1430年に捕らえられ、1431年にルーアンで異端として火刑に処されます。没後25年の1456年に復権裁判で無罪が確認され、1920年に列聖されました。
つまり彼女は、同じ人物が「魔女」と「聖女」の両方に判定されたという、きわめて珍しい歴史上の存在です。本作はこの二重性そのものを主題にしています。
あらすじ(結末に触れない範囲で)
物語は、魔女の罪を着せられ処刑を宣告されたジャンヌが刑場へ連行される場面から始まります。歩きながら彼女が思い出すのは、運命を変えた13歳の「あの日」。そのとき何を聞き、何を見たのか——という回想の形で、13歳の村娘が軍を率いるまでが描かれていきます。
ここで巧いのは、読者が最初から結末を知らされていることです。彼女がどれだけ勝ち進んでも、私たちは火刑の場面を先に見せられている。おかげで戦果の高揚がまったく高揚として読めません。読みながら、ずっと胸のあたりが重いままでした。
「声」の描き方が、この作品の核心
本作がいちばん時間をかけるのは戦ではなく、ジャンヌが聞いた「声」をどう描くかです。断定もしないし、否定もしない。読者は最後まで、あれが神の啓示だったのか、少女の内側から出たものだったのかを決められません。
私はここが本作の誠実さだと思っています。答えを出した瞬間に、この題材は宗教画か告発文のどちらかになってしまう。作者はその両方を注意深く避けています。
読みどころ3つ
1|担ぎ上げる側の顔がちゃんと描かれる
ジャンヌを利用しようとする王侯・聖職者・軍人たちが、悪役としてではなくそれぞれの計算を持った大人として出てきます。誰も彼女を殺そうとして動いていないのに、全員の合理的な判断が積み重なった結果として火刑にたどり着く。この構造が読んでいていちばん怖いところです。
2|少女まんがの絵で、戦場の泥を描く
山岸凉子の線はもともと繊細で、心理の揺れを描くのに向いています。その線で甲冑と戦場を描くと、勇壮さより先に「この体で戦っているのか」という違和感が来る。15歳前後の身体と鎧の重さのギャップが、絵の段階で伝わってきます。
3|宗教裁判の場面が、そのまま組織論として読める
終盤の異端審問は、質問の順序と言葉の定義だけで結論が決まっていく過程として描かれます。信仰の話というより、手続きの話です。ここは現代の会議録を読んでいる気分になりました。
現代の私たちへ。この作品が突きつけてくるのは、「特別な誰か」を担ぎ上げた集団が、その人を最後にどう処理するかという問題です。持ち上げた側と落とした側は、たいてい同じ顔ぶれでした。組織の中で誰かに旗を持たせるとき、この6巻を思い出しておいて損はありません。
こんな人におすすめ
- 『日出処の天子』が刺さった方=「聖人の内側」を掘る同じ姿勢で書かれています
- ヨーロッパ中世をまんがで入りたい方=百年戦争という具体的な戦争を軸に、当時の身分・信仰・裁判までまとめて見えます
- 全6巻で完結している作品を探している方=長編に踏み出しにくい時期でも、週末2日で読み切れる分量です
逆に、爽快な戦記まんがを求めている方には向きません。勝ち戦の場面ですら気持ちが晴れない作りになっているためです。
お得に読む方法
全6巻とも電子で揃います。まずは1巻を読んで、あの「声」の描き方が自分に合うかを確かめるのが確実です。
読み放題や耳で聴く形をまだ試していない方は、初回無料の枠を使って歴史まんが・歴史小説をまとめて拾うほうが結果的に安く済みます。
読み終えたあとに残るもの
『レベレーション(啓示)』は、ジャンヌ・ダルクを説明してくれる作品ではありません。説明できないまま置いていく作品です。読了後にもう一度1巻の冒頭を開くと、同じ場面がまったく違って見えます。この往復のために全6巻がある、と言ってもいいと思います。
同じ作者の『日出処の天子』や、ヨーロッパ史を時代順にたどるガイドも合わせて読むと、15世紀フランスの位置がつかみやすくなります。
- ヨーロッパの歴史を漫画で学ぶ完全ガイド|古代ギリシャ・ローマから中世・ルネサンス・革命まで
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