新選組を描いた小説はたくさんありますが、「その隊士の家族がどうなったか」まで書き切った作品はそう多くありません。浅田次郎『壬生義士伝』は、南部盛岡藩を脱藩して新選組に入った吉村貫一郎という一人の隊士を、本人の視点ではなく、彼を知っていた人たちの証言を積み重ねる形で描いた長編です。わたしは最初、上巻の途中で「これは誰の話なんだろう」と迷子になりかけました。ところがその迷いこそが仕掛けで、下巻に入ってから景色が一変します。ここではあらすじと結末の読みどころに加えて、紙の文庫・電子・まんが版のどれで読むと後悔しないかを、実際の巻数と値段で並べます。
迷ったら、この1冊から。『壬生義士伝』は上下巻で完結するので、長編に尻込みしている人でも入りやすい作品です。合う・合わないは上巻の最初の百ページで分かります。以下を読み進めなくても、まず上巻を手に取れば判断できます。
『壬生義士伝』のあらすじ ― 「守銭奴」と呼ばれた隊士
主人公の吉村貫一郎は、南部盛岡藩の下級武士です。家族を食べさせられないほど困窮したすえに脱藩し、京へ上って新選組に入ります。剣も学問もできるのに、隊の中では金にこだわる男として軽んじられていた。手当をためては国元へ送り、酒席では勘定を気にする。同僚からは「守銭奴」と陰口をたたかれます。
物語は、明治になってからの聞き書きという形で進みます。かつての新選組隊士、盛岡の旧友、家族、南部藩の重臣——立場も感情もばらばらな語り手が、順番に貫一郎について語る。ある人は彼を軽蔑し、ある人は敬愛し、ある人は今も許していません。読者は誰の証言が正しいのかを保留したまま読み進めることになります。
その語りが一巡したところで、貫一郎自身の声が差し込まれます。鳥羽伏見の戦いに敗れ、傷を負って大坂の南部藩蔵屋敷にたどり着いた場面です。ここから、読者だけが知っている事情と、語り手たちが知らなかった事情が噛み合いはじめます。
結末の読みどころ ― 「義」をどこに置いた人だったのか
結末そのものはここでは伏せますが、読みどころの構造だけ書いておきます。この小説の山場は、剣の勝負ではありません。蔵屋敷で貫一郎と向き合うことになるのは、彼の幼なじみであり、南部藩の側にいる人物です。そこで交わされるやりとりは、戦の勝ち負けとも、新選組の是非とも関係がない。「家族を食わせるために武士をやめた男を、武士の物差しで裁いてよいのか」という問いだけが残ります。
もう一つ効いてくるのが、国元に残された妻と子どもの側の描写です。送金という地味な行為が、終盤で意味を反転させる。わたしは下巻の残り五十ページで、序盤に読み飛ばしていた金の話を全部さかのぼって読み返しました。守銭奴という陰口が、そのまま賛辞に化ける瞬間があります。※諸説あり/記録によれば、吉村貫一郎は実在の新選組隊士とされますが、本作の家族の描写は小説としての創作を含みます。
紙の文庫・電子・まんが版 ― 目的別の使い分け
『壬生義士伝』には、原作小説(文春文庫 上下巻)、電子の合本版、そしてながやす巧によるまんが版 全13巻という三つの入口があります。同じ物語ですが、向いている読者が違います。
| 版 | 分量 | 向いている人 | 目安価格 |
|---|---|---|---|
| 文春文庫 上下巻 | 2冊 | 証言が積み重なる語りの構造をそのまま味わいたい人 | 上946円/下902円 |
| 文庫 上下セット | 2冊同時 | 途中で止まりたくない人(下巻を切らさない) | 1,848円 |
| まんが版(全13巻) | 13巻 | 京の街と盛岡の風景を絵で見たい人/活字が重い人 | 1巻612円・全巻セット8,921円 |
結論から言うと、初読は文庫の上下巻がいちばん外しません。この作品の仕掛けは「語り手が次々に入れ替わる」ことなので、章の切れ目が視覚的にはっきりしている活字のほうが構造を追いやすいからです。まんが版は、原作を読み終えたあとにもう一度あの結末を絵で見たい人に効きます。ながやす巧の描く盛岡の雪と京の路地は、原作の余白を埋める種類の情報量があります。
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まんが版から入りたい場合は、まず1巻で絵柄との相性を見てください。全13巻は完結済みなので、途中で止まる心配はありません。
買うか、読み放題で試すか ― 併用の考え方
上下2冊の小説なら買い切りで問題ありませんが、まんが版13巻まで含めて追いかけるとなると話が変わります。全巻セットは8,921円。ここで効いてくるのが読み放題です。読み放題は「まだ何を読むか決まっていない段階」で最も元が取れる仕組みなので、まんが版を13巻ぶん試す用途とは相性がよい。逆に、原作の文庫だけを一度きり読みたい人には向きません。
わたしの使い分けはこうです。読み返す予定のあるものは紙で買い、一度でいいものは読み放題で読む。『壬生義士伝』は前者だったので文庫を手元に置き、まんが版は読み放題側で確かめました。読み放題の対象作品は入れ替わるため、加入前に対象かどうかを確認してから使ってください。
通勤や家事の時間に聴く形にすると、上下巻の長さがそれほど負担になりません。証言体の小説は、耳で聴くと語り手の違いがかえって分かりやすくなります。
現代の私たちへ。吉村貫一郎が同僚から軽んじられた理由は、組織の物差しと、家族の物差しがずれていたことです。隊の中では「金にうるさい男」でも、盛岡の家では「約束を守り続けた父」でした。どちらの評価も嘘ではありません。わたしたちも、職場の評価軸ひとつで自分の価値が決まるように感じる日があります。この小説が静かに言っているのは、人を測る物差しは一本ではないということです。
『壬生義士伝』はこんな人におすすめ
新選組ものを読んだことがある人には、司馬遼太郎『燃えよ剣』のあとに読むと落差が効きます。土方歳三が「組織を作る側」から新選組を見ているのに対し、『壬生義士伝』は組織に入らざるを得なかった側から同じ時代を見ている。同じ幕末でも、司馬遼太郎『峠』の河井継之助が「藩を守るために戦った人」だとすれば、貫一郎は「家を守るために戦わされた人」です。読み比べると、幕末の「義」という言葉の幅が見えてきます。
盛岡・南部藩という土地から幕末を見たい人は、みちのくの歴史を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドもあわせてどうぞ。幕末全体の地図がほしい方は幕末・維新を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドから入ると迷いません。読む手段そのものを整理したい方は歴史まんがは読み放題とレンタルの併用がいちばん安いが参考になります。
まとめ
『壬生義士伝』は、証言を重ねる語りで一人の隊士を立体化した幕末小説です。初読は文春文庫の上下巻、読み返しや映像的な補完にはながやす巧のまんが版 全13巻。買うのは読み返すもの、試すのは読み放題でという線引きをしておくと、13巻という分量に怯まずに済みます。守銭奴と呼ばれた男が何を守っていたのか、ぜひ最後まで見届けてください。



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