室生寺 歴史さんぽ|女人高野と16メートルの国宝五重塔を歩く前に、密教入門の3冊を比べる

室生寺 女人高野と国宝の五重塔 歴史さんぽ

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奈良県宇陀市、山あいの室生川にかかる朱塗りの太鼓橋を渡ると、そこから先が室生寺です。高野山が長く女性の立ち入りを認めなかったのに対し、この寺は女性の参詣を受け入れてきました。だから女人高野と呼ばれます。

ここは「歩くだけ」でも十分に気持ちのいい場所ですが、私は一度、何も読まずに行って失敗しています。国宝の五重塔の前に立って、ただ「小さいな」と思って帰ってきてしまった。なぜ小さいのか、なぜここに建っているのかを知らなかったからです。この記事では、室生寺を歩く前に読んでおくと景色が変わる3冊を、目的別に比べて紹介します。

室生寺の仁王門と紅葉
室生寺 仁王門。太鼓橋を渡ってすぐ、朱塗りの門が紅葉に囲まれる(写真:オフィスK / PIXTA)

迷ったら、この1冊から。室生寺は密教の寺です。空海と最澄が唐から何を持ち帰り、それが日本の山にどう根づいたのか——その一点だけでも入れておくと、境内の見え方がまるで変わります。まんがで入るなら、おかざき真里『阿・吽』が最短でした。

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室生寺とは——なぜ山の奥に、女性を受け入れる寺があるのか

創建は奈良時代の終わりごろとされます。記録によれば、興福寺の僧・賢憬(けんけい)が朝廷の勅により開き、弟子の修円が伽藍を整えたと伝えられます(※創建の経緯には諸説あります)。のちに真言宗の寺となり、江戸期に女性の参詣を受け入れる寺として広く知られるようになりました。

ここで大事なのは、女人高野という呼び名が「女性にやさしい寺」という意味ではないことです。当時、密教の修行の中心である高野山に女性は入れませんでした。その代わりに、同じ真言の教えに触れられる場所として室生が機能した。つまりこの呼称は、制度の穴を埋めるために生まれた実務的な名前です。境内に立つとき、この一点を知っているかどうかで、参道を上ってくる人の列の意味が変わります。

密教が日本に入ってきた瞬間そのものを追いたい方は、日本の仏教史を漫画と本で読む完全ガイドの平安の項をどうぞ。空海と最澄の関係を物語で追うなら『阿・吽』の記事、司馬遼太郎の評伝から入るなら『空海の風景』の記事があります。

16メートルの国宝——五重塔が小さい理由

室生寺の五重塔は、高さおよそ16メートル。屋外に立つ木造五重塔としては日本で最も小さいとされ、国宝に指定されています。建立は延暦19年(800年)ごろと伝えられます(※年代には諸説あります)。

実物を見ると、小ささが欠点にまったく感じられません。周囲の杉が高いので、塔は森のなかにすっぽり収まっている。巨大さで権威を示す奈良の大仏とは、思想がまるで違います。都から離れた山中で、修行の場として建てられたものだからです。東大寺の大仏を先に見てからここへ来ると、同じ仏教でも「国家のための仏教」と「山にこもる仏教」がどれだけ違うかが体で分かります。

なお、記録によれば1998年の台風で背後の杉が倒れて塔は大きな被害を受け、2000年に修復が完了しています。いま見上げているのは、一度壊れて建て直された姿です。

室生寺の梵鐘と紅葉
軒下に吊られた梵鐘。秋には周囲の紅葉が鐘を囲む(写真:ばつまる / PIXTA)

歩く前に読む3冊を、目的別に比べる

室生寺は「読んでから行く」効果がとくに大きい場所です。ただ、どの本を選ぶかで得られるものが違います。3冊を目的別に並べます。

初心者がいちばん楽しめるのは——おかざき真里『阿・吽』

予備知識ゼロから入るなら、これが一番です。最澄と空海という2人の実在の僧を主役にしたまんがで、密教が日本に持ち込まれる過程が人間関係の物語として描かれます。用語の暗記が一切いらないのが最大の利点。読了後に室生寺に立つと、堂宇の配置や仏像の並びが「誰かが何かを狙って置いたもの」に見えてきます。所要は1巻あたり30分ほど。欠点は、史実の細部までは追えないことです。

仏像の前で立ち止まれるようになるのは——西村公朝『やさしい仏像の見方』

室生寺の金堂には国宝の釈迦如来立像をはじめ、複数の仏像が並びます。ここで「きれいだな」で終わるか、手の形や衣の彫り方の意味まで読めるかが、この本を読んだかどうかの差です。著者は仏像修理の第一人者で、図版が豊富。写真を見ながら覚える形式なので、通読しなくても効きます。単価は3冊のなかでいちばん高いですが、室生寺以外のすべての寺で使い回せます。欠点は持ち歩きに向かないサイズであること。

短時間で全体の位置づけを掴むなら——末木文美士『日本仏教史』

文庫1冊で、伝来から近代までを思想の流れとして通します。「女人高野がなぜ必要とされたのか」を制度の側から理解したい人にはこれが最短です。宗派の系図ではなく、その時代の人が何に困っていたかを軸に書かれているので、まんがの記憶と接続しやすい。移動中に読めるのも利点です。欠点は、仏像そのものの話はほとんど出てこないこと。

結論として——はじめての参拝で1冊だけ選ぶなら『阿・吽』、仏像を見るのが目的なら『やさしい仏像の見方』、歴史の骨格が欲しいなら『日本仏教史』。私は『阿・吽』を読んでから行き、帰ってから『日本仏教史』で答え合わせをする順番が、いちばん記憶に残りました。

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歩く順番——太鼓橋から奥之院まで

参道は、太鼓橋、仁王門、鎧坂と上がっていきます。鎧坂を登りきると金堂。ここで仏像を見て、弥勒堂、本堂(灌頂堂)と進み、その先に五重塔が現れます。塔の裏手からさらに石段を登ると奥之院ですが、この石段が長く、足元も一様ではありません。時間と体力に不安があるなら、五重塔で折り返す判断も十分ありです。

秋は境内の紅葉が主役になります。梵鐘や堂宇の屋根と紅葉が重なるので、写真を撮る人は午前中の光が回る時間帯が有利です。ほかの寺の秋を先に見ておきたい方は、東福寺の歴史さんぽや山寺・立石寺の歴史さんぽも同じ「読む→歩く」の作りです。地域ごとの一覧は歴史さんぽ完全ガイドに集めてあります。

室生寺 金堂まわりの紅葉
金堂まわり。堂宇の屋根が色づいた木々に沈み込むように立つ(写真:ばつまる / PIXTA)

複数の作品をまとめて読む予定なら、読み放題とレンタルの併用や全巻そろえるといくらかの記事で費用の目安を先に見ておくと、判断が早くなります。

現代の私たちへ。女人高野という呼び名は、制度が閉じていた場所の外側に、誰かが別の入口を作った記録です。高野山の門を開けさせるのではなく、山を一つ隣に用意した。正面から変えるより遠回りに見えますが、結果として千年残ったのはこちらでした。閉じた扉の前で立ち止まったとき、隣に別の扉を作るという手が残っている——16メートルの塔は、そのことを静かに示しているように思います。

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