永源寺 歴史さんぽ|紅葉の山門を歩く前に、『禅と日本文化』『近江から日本史を読み直す』どちらから読むか

歴史さんぽ

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紅葉の寺はいくつも歩いてきましたが、門をくぐる前に足が止まったのは滋賀の永源寺が初めてでした。参道の石段を上りきったところで山門が現れ、その屋根ごと赤に包まれている。観光地というより、山のなかに一枚だけ絵が置いてあるような立ち方をしています。

紅葉に包まれた永源寺の山門
永源寺の山門。屋根の上まで楓が覆う(写真:PIXTA)

ここでは実際に歩いた順に、永源寺という場所が何でできているのかを書きます。あわせて、行く前に読んでおくと景色の見え方が変わる3冊を同じ軸で比べました。禅の側から入るか、近江という土地の側から入るかで、同じ紅葉がまったく違って見えます。

迷ったら、まんが版の禅入門を1冊だけ。禅語も宗派の系図も出てこないので、前日の夜に読み切れます。「なぜこの寺は山の奥にあるのか」がわかるだけで、当日の見え方が変わります。

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永源寺はどんな場所か

滋賀県東近江市、愛知川の谷あいにある臨済宗永源寺派の大本山です。記録によれば康安元年(1361年)、近江守護の佐々木氏頼が寂室元光という僧を招いて開いたと伝わります。寂室は若い頃に元へ渡って修行し、帰国後は寺を構えず各地を歩き続けた人でした。権力に近づかない僧を、権力者のほうが山の奥に招いた——この寺の位置は、その関係をそのまま地形にしたように見えます。

永源寺の参道の石段と紅葉
総門から本堂へ向かう石段。谷から一段ずつ上がる(写真:PIXTA)

参道は谷から一段ずつ上がる石段で、両側が楓です。京都の紅葉寺のような平らな回遊路ではなく、息が少し上がるくらいの高さを登らされる。禅寺の伽藍は本来こうして俗界と距離を置いたのだと、体感のほうで納得させられます。開山の年代や由来には諸説ありますが、山の使い方だけは今も残っています。

歩く前に読む3冊を、同じ軸で比べる

永源寺を主題にした小説はほとんどありません。そこで「禅」と「近江」という二つの入口から、当日いちばん効く3冊を選びました。判断の軸は①はじめてでも進むか ②史実にどれだけ寄っているか ③前日の夜に読み切れるかの3つです。

① はじめてなら『〈マンガ〉禅入門 悟りへの道』。絵で進むので前日でも間に合います。史実の密度は低いぶん、「なぜ座るのか」だけを持って現地に立てるのが強い。禅寺そのものが初めての人はここから。

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② 史実寄りで読むなら『禅と日本文化』(鈴木大拙)。1940年の岩波新書で、禅が庭・茶・剣・俳句をどう変えたかを一冊で通します。永源寺の「削ぎ落とした伽藍」が何の結果なのかが言葉になるのはこの本です。新書なので分量も抑えめ。

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③ 土地の側から入るなら『近江から日本史を読み直す』。近江が畿内と東国の結び目としてどう働いたかを通史で追う一冊。「なぜこの山中に大本山があるのか」に答えるのはこちらで、寺だけでなく街道と湖まで含めて理解できます。

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時間が1冊ぶんしかないなら①、紅葉より寺のつくりを見たいなら②、翌日に近江商人の町も回るなら③。私は②を電車で読み、①を前夜にめくって行きました。

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私はこう歩いた——山門、鐘楼、そして谷の音

朝いちばんに総門を入り、石段を上がって山門。ここで一度立ち止まると、人の話し声より愛知川の水音のほうが大きいことに気づきます。境内は驚くほど装飾が少なく、色があるのは楓だけ。禅寺の伽藍は見せるためでなく消すために建っているのだと、写真を撮る手が止まりました。

永源寺の鐘楼と本堂、寺号標
鐘楼と本堂。境内の色は楓だけに絞られている(写真:PIXTA)

鐘楼のあたりから本堂を見ると、屋根の直線と楓の乱れが正面からぶつかります。整えた人工物と、整えない自然を同じ画角に置く——『禅と日本文化』が庭について書いていたことが、そのまま目の前にありました。読んでから来ると、この一枚の意味が変わります。

もう一つ、地図を見て驚いたのはこの谷の奥が「木地師発祥の地」と伝わる集落だということでした。轆轤で椀を挽く職人が全国へ散っていった起点が、同じ愛知川の上流にある。山奥は「何も無い場所」ではなく、技術と信仰が同時に出ていく口だったのだと、帰りの車のなかで考えていました(※起源には諸説あります)。

行く前に決めておくと、当日ぶれない3つ

①時期を「紅葉の一点」に賭けない。愛知川の谷は色づきが早い年と遅い年で二週間ほど動きます。私は色づき始めに当たりましたが、結果としては人が少なく、水音のほうがよく聞こえたぶん得をしました。ピークだけを狙うと、外したときに何も残りません。

②寺だけで一日を終えない。境内は一時間ほどで一周できます。空いた時間の受け皿を先に決めておくと満足度が変わります。禅を軸にするなら谷の上流へ、商いを軸にするなら下って五個荘の町並みへ。どちらへ振るかは、前日に読んだ1冊で自然に決まります。

③読む順番は「軽い方→重い方」。『禅と日本文化』を先に開いて止まった、という話をよく聞きます。1940年の新書なので文体が硬いのは事実です。まんが版で全体像を入れてから読むと同じ本がすっと通るので、順番を変えるだけで読了率が上がります。

現代の私たちへ

寂室元光は、招かれるまで自分の寺を持ちませんでした。持たないことで動けたし、動けたから呼ばれた。身軽さは弱さではなく、選ばれる理由のほうだったわけです。

そしてこの同じ東近江から、のちに「三方よし」を掲げる近江商人が出ていきます。山の中で削ぎ落とす人と、外へ出て広げる人が同じ土地から出ているのは偶然に見えません。削るのと広げるのは反対のことではなく、順番の話——永源寺の静けさと近江商人の商圏は、その順番を土地ごと見せてくれます。仕事でも、増やす前に何をやめるかを決めた人のほうが遠くまで行きます。

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費用をかけずに1冊ためすなら

3冊とも新書・文庫サイズなので出費は小さいのですが、禅の本は文体の相性がはっきり出ます。合うかどうかを先に確かめたいなら、読み放題やオーディオブックの無料期間で最初の章だけ試すのが早いです。移動中に耳で聞いておくのも、現地で効きます。

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