源義経を描いた作品は数えきれないほどありますが、「山寺に預けられた少年が、どうやってあの義経になったのか」を正面から追った長編はそれほど多くありません。北崎拓『ますらお −秘本義経記−』は、鞍馬の山で育った遮那王が、平氏の御曹司との出会いをきっかけに世の中へ引きずり出されていく物語です。わたしは源平ものを何作か読んできましたが、この作品ほど「主人公が英雄になっていく過程の居心地の悪さ」を描いたものは初めてでした。ここではあらすじと読みどころに加えて、三つある版のどれから読むと後悔しないかを、実際の巻数と値段で並べます。
まず1冊だけ試すなら、電子の第1巻がいちばん軽い入口です。
『ますらお −秘本義経記−』はどんな作品か
『ますらお −秘本義経記−』は北崎拓さんが少年誌で連載した源平の長編で、少年サンデーコミックススペシャル版は全8巻です。表題の「ますらお」は勇ましい男を指す古い言葉で、副題の「秘本」が示すとおり、正史をなぞるのではなく伝えられていない部分を物語で埋めていくつくりになっています。
物語の起点は、山深い寺に預けられて育った少年・遮那王です。寺の暮らしが嫌で何度も脱走を図っては失敗する——という、英雄伝説からは少し外れた入り方をします。その騒ぎを聞きつけた平氏の御曹司・平維盛が寺を訪ね、度胸のすわった遮那王に興味を抱く。天狗を探しに出かけた二人の前に盗賊が現れる、というところから話が動き出します。
つまりこの作品は、のちに敵味方に分かれる二人の少年が、まだ何者でもなかった時期に出会っていたという一点から源平争乱を組み直しています。史実として確かめられる話ではありませんが、そこを物語の背骨に据えたことで、後半の戦の場面がただの合戦記録に見えなくなります。
あらすじ——少年が名前を得るまで
遮那王は寺を出て、京の闇に触れ、自分の生まれと父の死を知っていきます。名を得て、兄のもとへ向かい、やがて戦の指揮を執る側へ回る。読み進めると、強くなることと、人が離れていくことが同じ速度で進むのがわかります。ここが本作のいちばん苦い部分です。
結末に触れすぎないように書くと、この作品は「義経が何を失ったか」を勝敗の外側で描きます。合戦の大きな流れは記録に沿っていますが、その場に立っていた人の気持ちの部分は作者の解釈です。歴史の読み物として読むときは、そこを分けて受け取ると混乱しません。
版が三つある——同じ軸で並べて決める
この作品は刊行の経緯が少し複雑で、もとの全8巻・小学館文庫版・新装版の三つが並んでいます。中身は同じ物語ですが、冊数と1冊あたりの値段がかなり違います。値段は変動しますので、下の表はあくまで目安として見てください。
| 版 | 巻数 | 1冊の目安 | 向いている人 |
|---|---|---|---|
| 少年サンデーコミックススペシャル(電子) | 全8巻 | 583円前後 | まず通しで読みたい/置き場所を増やしたくない |
| 小学館文庫版 | 全5巻 | 660円前後 | 文庫の大きさで持ち歩きたい |
| 新装版(ヤングキングコミックス) | 全3巻 | 1,100円前後 | 冊数を少なくまとめて紙で置きたい |
迷ったら電子の全8巻です。1冊が最も安く、途中で合わなければそこで止められます。逆に、本棚に3冊だけ並べて完結させたいのであれば新装版が早い。文庫版は五冊と冊数が中間で、鞄に入れて通勤で読む人向きです。
小学館文庫版『秘本義経記 ますらお(1)』をAmazonで見る
続編『波弦、屋島』はどこから始まるのか
本編を読み終えたあとに続けて読めるのが、ヤングキングコミックスの『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』です。物語は1184年、一の谷で平家軍を破ったところから動き出し、次の戦場である屋島へ向かいます。剛弓の使い手として名の残る那須与一の過去にも踏み込む、という構成です。
本編の空気を引き継いでいるので、先に本編を読んでからのほうが確実に面白いと感じました。逆に、屋島や壇ノ浦の場面を先に見たいという読み方も止めはしません。刊行が続いている作品なので、完結してからまとめて読みたい人は既刊だけ確認して寝かせておく手もあります。
『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島 1巻』をAmazonで見る
『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島 5』をAmazonで見る
義経を描いた他の作品と、どれから読むか
同じ義経を扱った作品と並べると、この作品の位置がはっきりします。三つの読み口を、目的別に分けました。
①少年時代から追いたいなら『ますらお』。まんがなので入りやすく、遮那王の時期にいちばん紙数を割いています。②文章で通史として読みたいなら司馬遼太郎『義経』。上下巻で、なぜ兄と決裂したのかを人物の性格から解いていきます。③源平全体の地図がほしいなら吉川英治『新・平家物語』。平家側の視点が厚く、義経は登場人物の一人として現れます。
司馬遼太郎『新装版 義経(上)』(文春文庫)をAmazonで見る
司馬遼太郎『新装版 義経(下)』(文春文庫)をAmazonで見る
もう一歩ずらした読み方をしたい人には、義経が北へ渡ったという伝説を出発点にした瀬下猛『ハーン ‐草と鉄と羊‐』があります。史実と俗説の境目そのものを楽しむ読み方で、『ますらお』の「秘本」という副題とも響き合います。
わたしはこう読んだ
最初に読んだとき、わたしは第2巻あたりで一度手が止まりました。少年まんがの体裁なのに、勝つ場面がまったく気持ちよくないからです。ところが読み終えてしばらく経ってから、気持ちよくないことこそが作者の設計だったと気づきました。英雄になる過程を痛みとして描いているので、快感の代わりに後味が残ります。
二度目は文庫版で読みました。冊数が減るぶん一気に進み、少年期と戦の日々の落差がより強く出ます。初読は電子で、再読は紙で——結果的にこの順番がいちばんしっくりきました。
現代の私たちへ
この物語が繰り返し問うのは、役割を与えられた人が、どこまで自分でいられるかということです。期待されるほど手は速くなり、そのぶん誰かが離れていく。名前が大きくなるほど本人が小さくなる感覚は、戦場でなくても身に覚えのある人が多いはずです。義経の最期を知っているからこそ、少年だった時間の描写が効いてきます。
安く読みたいときの現実的な手
全8巻をいきなり揃えるのがためらわれるなら、読み放題や聴く形から試す手があります。対象作品は時期によって入れ替わりますので、申し込む前に必ず最新の対象状況をご確認ください。
紙で買うなら、楽天でも新品が出ています。
楽天|新装版『ますらお -秘本義経記- 1』(1,100円)
楽天|『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島 1巻』(660円)
結局、どれから読むか
通しで安く読みたいなら電子の全8巻、紙で短くまとめたいなら新装版の全3巻、持ち歩きたいなら文庫版の全5巻。三つとも中身は同じ物語なので、あとは冊数と置き場所の問題です。本編を読み終えて物足りなければ、そのまま『波弦、屋島』へ進めば屋島の海まで一続きで読めます。
時代の前後を押さえたい方は平安時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドと鎌倉時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドを、平家側から同じ戦を見たい方は吉川英治『新・平家物語』の紹介をどうぞ。実際に海を見に行くなら赤間神宮・壇ノ浦の歴史さんぽが近道です。冊数が増えてきたら読み放題とレンタルの併用術も合わせてご覧ください。



コメント