石川県小松市の山あいに、岩そのものが信仰の対象になっている寺があります。那谷寺(なたでら)。養老元年(717年)に泰澄が開いたと伝えられる白山信仰の霊場で、境内の中心には奇岩遊仙境と呼ばれる凝灰岩の岩山がそびえています。元禄二年、松尾芭蕉がこの寺を訪れ「石山の石より白し秋の風」と詠んだことでも知られます。わたしがこの場所に惹かれたのは、岩と句と加賀藩という三つの層が、ひとつの境内に重なって残っているからでした。歩く前に読む一冊を、目的別に三つ比べます。
まず一冊なら、芭蕉が那谷寺で詠んだ句をその文脈ごと読める入門書が最短です。
岩がそのまま信仰になっている場所

那谷寺のいちばんの特徴は、建物より先に岩が目に入ることです。長い年月をかけて風と水に削られた凝灰岩が、寺の背後にせり上がっています。この岩窟が古くから母の胎内に見立てられ、くぐることで生まれ変わるという信仰と結びついてきたと伝えられています。※由来には諸説あります。
ここが日光や京都の寺と決定的に違うのは、人が建てたものが主役ではないという点です。堂は岩に寄り添うように建てられていて、参道を歩いていると、どこまでが人の手でどこからが自然なのかの境目がだんだん曖昧になります。
芭蕉が見た秋、前田利常が直した堂

この寺には、性格の違う二人の名前が刻まれています。ひとりは松尾芭蕉。元禄二年(1689年)の旅で立ち寄り、白い岩肌に秋の風を重ねた句を残しました。読んだだけでは分かりにくい句ですが、実際に岩の前に立つと「白し」がただの色の話ではないことが伝わってきます。
もうひとりは加賀三代藩主・前田利常です。戦乱で荒れていた堂宇を寛永年間に整備し直したと伝えられており、いま見る堂の姿にはその時代の手が入っています。芭蕉が歩いたのは、利常が直したあとの那谷寺だった——そう思って歩くと、句と藩政が一本につながります。
歩く前に読む三冊を、目的別に比べる
那谷寺を面白くする読み方は三通りあります。句から入るか、藩から入るか、まんがから入るか。同じ場所でも、どれを持っていくかで見えるものが変わります。
| 読む本 | 入口 | 読みやすさ | こんな人に |
|---|---|---|---|
| 『おくのほそ道(全)』ビギナーズ・クラシックス | 芭蕉の句と旅 | ◎現代語訳つき | 初めての一冊/短時間で読みたい |
| 津本陽『前田利家』上中下 | 加賀百万石の政治 | △長編・史実寄り | 藩と寺の関係まで踏み込みたい |
| 隆慶一郎・原哲夫『花の慶次』 | 前田家の周辺をまんがで | ◎絵で入れる | 活字が重い日/家族と読む |
初心者にすすめるなら迷わず一冊目です。那谷寺のくだりは短いのですが、現代語訳と解説がついているので「なぜここで白いと書いたのか」まで追えます。史実寄りに読みたいなら二冊目。利常が何を考えて寺を直したのかは、加賀藩の立ち位置を知らないと見えてきません。短時間で雰囲気だけ掴みたいなら三冊目が早いです。
『花の慶次』文庫版コミック 全10巻セットをAmazonで見る
歩いてみて分かったこと

正直に書くと、わたしは最初この寺を「岩がきれいな紅葉スポット」くらいに思っていました。ところが岩窟をくぐって外へ出た瞬間の光の入り方が想像より強く、ここが生まれ変わりの場所とされてきた理由が、理屈より先に体でわかった気がしました。
もうひとつ意外だったのが、句碑を先に見てから岩を見るのと、岩を見てから句碑に戻るのとで、同じ十七音の印象がまるきり変わることです。読む→歩く→また読むという順番が、ここではとくによく効きます。紅葉の見頃は例年十一月中旬から下旬ごろが目安ですが、その年の気候で前後します。
現代の私たちへ
那谷寺の岩は、人が作ったものではありません。それでも人はそこに意味を見出し、堂を建て、句を詠み、荒れれば直してきました。変わらないものの前で、人のほうが世代ごとに意味を足していく——この寺の千三百年はその繰り返しです。自分の仕事や暮らしにも、そういう「動かない岩」があるかどうか。歩きながら、そんなことを考えていました。
安く読みたいときの手
三冊とも揃えると負担が大きいので、読み放題や聴く形から試す手もあります。対象作品は時期によって入れ替わりますので、申し込む前に最新の対象状況をご確認ください。
紙で買うなら楽天でも新品が出ています。
楽天|『おくのほそ道(全)』ビギナーズ・クラシックス(1,001円)
どの一冊を鞄に入れるか
日帰りで行くなら一冊目、泊まりで加賀を回るなら二冊目、家族と行くなら三冊目。那谷寺は「読んでから行く」効果がとくに大きい場所です。おくのほそ道の道筋を続けて歩くなら平泉・中尊寺と山寺・立石寺が同じ旅の前半にあたります。加賀の街のほうへ足を延ばすなら兼六園の歴史さんぽが近く、前田家の人物から入りたい方は『花の慶次』の紹介をどうぞ。東北から北陸までを通しで見たい方はみちのくの歴史を学ぶ完全ガイドが地図がわりになります。



コメント