横浜市鶴見区。駅を出て五分ほど歩くと、巨大な三門が現れます。曹洞宗大本山總持寺。永平寺と並ぶ、曹洞宗のもうひとつの大本山です。ところが多くの人は「曹洞宗の本山=永平寺」と覚えていて、なぜ本山が二つあるのかを説明できないまま門をくぐります。
わたしは今回、總持寺を歩く前に三冊を手に取り、同じ軸で比べました。教団の歴史から入る『あなたの知らない道元と曹洞宗』、この寺を開いた人そのものを追う『禅の風 第53号 太祖瑩山禅師の生涯』、そして坐ることの意味を語り続けた禅僧の言葉を集めた『禅談』です。結論から書くと、門をくぐる前に読むなら一冊目、帰りの電車で読むなら三冊目でした。
迷ったら、この一冊から
『あなたの知らない道元と曹洞宗』です。新書サイズで、「大本山が二つある理由」に最短で答えてくれる一冊でした。千円を切るので、現地へ向かう電車のなかで一周できます。
總持寺とは、どんな場所なのか

正式には諸嶽山總持寺といいます。寺の公式の縁起によれば、石川県にあった諸嶽観音堂を、一三二一(元亨元)年に瑩山紹瑾禅師があらためて總持寺としたのが始まりです。翌年には後醍醐天皇から「曹洞出世の道場」として認められ、ここで一宗の大本山としての位置が定まりました。
曹洞宗では、永平寺を開いた道元禅師を「高祖」、總持寺を開いた瑩山禅師を「太祖」と呼び、二人をあわせて「両祖」と仰ぎます。公式の説明は、二つの大本山を父と母にたとえています。道元が中国から教えを持ち帰り、その四代のちの瑩山が全国へ広めた——という役割の違いが、本山が二つある理由そのものです。
ただし、どちらが上かという問いの立て方は、宗門のなかでも歴史的に議論のあったところです。※諸説あります。本記事では優劣を判定せず、記録によればこう伝えられている、という書き方にとどめます。
能登から鶴見へ——本山が引っ越した寺

總持寺がいまの場所にあるのは、災害がきっかけでした。公式の記述によれば、明治三十一(一八九八)年の四月、本堂の一部から出た火が強風にあおられて伽藍の多くを焼いたといいます。復興にあたった貫首の判断で寺基そのものを移すことが決まり、明治四十四(一九一一)年に能登から鶴見へ移転しました。能登での歩みは五百七十年あまりに及んでいます。
ここが、歩くときにいちばん効いてくる知識です。總持寺の伽藍が新しく、鉄筋の大建築が多いのは、二十世紀に入ってから一から建て直した寺だからです。古びた木肌を期待して行くと肩透かしを食いますが、「近代の日本が、宗門の総本山をどう造ろうとしたか」という目で見ると、まったく違う建物に見えてきます。移転先に選ばれたのが港町・横浜の高台だったことも、当時の宗門が何を考えていたかを物語ります。
なお、能登に残された旧地は總持寺祖院として現在も法灯を伝えています。写真素材を探すと祖院の画像が多く混ざるので、鶴見の本山と取り違えないよう注意が要ります。
三冊を同じ軸で比べる
軸①:なぜ本山が二つあるのかに最短で答えるのはどれか
『あなたの知らない道元と曹洞宗』でした。道元と瑩山の役割分担、教団がどう広がったかという流れを、新書の分量で通して追えます。門前に立つまでに読み終えられるのが最大の利点で、三冊のなかでもっとも前提知識を要求しません。逆に、個々の人物の内面には深く入りません。
軸②:この寺を開いた人そのものを知りたいときはどれか
『禅の風 第53号 太祖瑩山禅師の生涯 衆生とともに歩む』です。瑩山禅師ひとりを主題に据えた特集号で、生い立ちから總持寺開創までを追えます。八歳で永平寺に上り、各地に寺を開き、五十八歳で總持寺を開いた——という年齢の刻みが頭に入っていると、境内の説明板の読み方が変わります。一般の書店流通とは別系統の出版物なので、在庫が薄いことがあります。
軸③:境内で坐る前に読むならどれか

『禅談』です。昭和の禅僧・澤木興道の語りをまとめた文庫で、歴史の本ではありません。坐ることに何の得があるのか、という身も蓋もない問いに、身も蓋もない言葉で答え続ける本です。總持寺はいまも修行道場なので、建物より先に「ここで人が坐っている」という事実が立ち上がってきます。その手ざわりを先に入れておきたい人向けです。歴史の整理は期待できません。
軸④:費用
二〇二六年十月十日の実測で、『あなたの知らない道元と曹洞宗』が九四六円、『禅談』が九〇二円、『太祖瑩山禅師の生涯』が一四三〇円でした。三冊そろえても三三〇〇円に届きません。価格は変動するので、購入前に各ページでご確認ください。
費用を抑えたいなら、一冊目と三冊目の二冊で十分に歩けます。二冊目は「瑩山という人に興味が湧いたら」で間に合います。
読む順番——歩く前と、歩いたあと
わたしの実感では、歩く前に一冊目、歩いたあとに三冊目が効きました。一冊目で「二つの本山」という枠組みを入れておくと、三門も大祖堂も「移転後に造られたもの」として素直に見られます。そのうえで百間廊下を見て、いまも人が掃除し坐っていることを知ってから『禅談』を開くと、同じ言葉の手ざわりが変わります。
逆の順番、つまり『禅談』から入ると、歴史の枠組みがないまま精神論だけが残りやすいと感じました。二冊目は、現地で瑩山禅師の名を何度も見たあとに読むのがもっとも入ります。
歩くときに気をつけたいこと
總持寺は観光施設ではなく、いまも多くの僧が暮らす修行道場です。堂内には立ち入れない区域があり、法要の日程によって参拝できる範囲が変わります。拝観の可否・時間・坐禅会の受付は、必ず寺の公式の案内で当日分を確認してください。境内の撮影にも場所によって制限があります。
交通は、公式の案内によれば最寄り駅から徒歩で五分ほどです。寺域は十五万坪と広く、三門から大祖堂まで歩くだけでもそれなりの距離になります。歩きやすい靴で行くことをおすすめします。
読み放題で試すなら
禅や曹洞宗の入門書は、読み放題の対象に入っていることがあります。初回無料のあいだに読んでしまえば費用はかかりません(対象作品は時期により入れ替わるため、申し込み前に対象かどうかをご確認ください)。耳で聞きたい場合は聴き放題の初回無料もあります。
あなたはこの一冊から
はじめて總持寺へ行く人——『あなたの知らない道元と曹洞宗』。二つの大本山という構図を先に入れておけば、境内の見え方がいちばん大きく変わります。
すでに永平寺へ行ったことがある人——『太祖瑩山禅師の生涯』。道元の側をすでに見た人にとって、もう一方の祖師を知ることが最短の上積みになります。
建物より「坐ること」に関心がある人——『禅談』。歴史の整理は捨てて、言葉だけを持って行く読み方です。
価格・在庫・読み放題の対象は二〇二六年十月十日時点の実測値です。変動しますので、購入前に各ページでご確認ください。寺の由緒は公式の縁起にもとづいて記述しましたが、評価の分かれる論点には断定を避けています。写真はPIXTAの定額素材です。
あわせて読みたい
- 日本の仏教史を漫画と本で読む完全ガイド|飛鳥の仏教伝来から鎌倉の禅まで
- 永平寺 歴史さんぽ|道元が開いた禅の本山へ
- 永源寺 歴史さんぽ|紅葉の山門を歩く前に読む二冊
- 大徳寺 歴史さんぽ|一休と利休の紫野へ
- 比叡山延暦寺 歴史さんぽ|三塔を歩く前に最澄を読む
二つの大本山を読み比べるなら



コメント