平泉・中尊寺 歴史さんぽ|奥州藤原氏三代の跡を歩く前に、『炎立つ』と『おくのほそ道』と『火怨』を比べる

歴史さんぽ

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平泉に行くと決めたとき、いちばん迷ったのは「先に読むか、帰ってから読むか」でした。中尊寺は、境内を歩くだけなら一時間ほどで回れてしまいます。けれど、そこに何が積み重なっているかを知らずに歩くと、たぶん紅葉を見て終わります。

この記事では、平泉・中尊寺を歩く前に読んでおくとよい三冊を、読みやすさ・史実への近さ・かかる時間の三つで比べます。行ってから読むのでも遅くはありませんが、一冊だけ先に入れておくと、境内の見え方がはっきり変わります。

迷ったら、『炎立つ』の第一巻から。奥州藤原氏の初代・清衡が平泉を開くまでを描いた長編の入口です。文庫一冊で、平泉が「なぜここに建てられたのか」まで届きます。

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平泉に何が残っているのか

紅葉に囲まれた中尊寺の参道と弁慶堂(写真=PIXTA)

中尊寺は、記録によれば九世紀に慈覚大師円仁が開いたと伝わり(※諸説あります)、十二世紀のはじめに藤原清衡が大規模に再興したとされています。そこから清衡・基衡・秀衡の三代、およそ百年にわたって平泉は北の都でした。

いちばん知られている金色堂は、記録では1124年の建立とされます。堂内は撮影ができないため、写真で伝わるのは参道と杉木立、そして境内のお堂だけです。けれど実際に歩くと、写真に写らないものの比重が大きい場所だと分かります。坂の勾配、杉の高さ、月見坂を上りきったときの視界の開け方。そこが「都をつくろうとした場所」だったことは、地形のほうが雄弁に語ってきます。

三代の栄華は1189年に終わります。四代泰衡の代に源頼朝の軍が押し寄せ、平泉は落ちました。その五百年後にここを訪ねたのが松尾芭蕉です。

歩く前に読む三冊を比べる

『炎立つ』全5巻|三代の物語をまるごと

高橋克彦さんの長編で、前九年の役から平泉の滅亡までを通して描きます。いちばん「平泉そのもの」を扱っている作品で、清衡がなぜ争いのない土地をつくろうとしたのかが物語として入ってきます。

ただし全5巻あるので、旅の直前に読み切るのは正直きついです。私は第一巻だけ持って行き、続きは帰ってから読みました。結果としてはこれがよかった。境内で見た景色が残っているうちに二巻目を開くと、地名が全部つながります。

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『おくのほそ道』|「夏草や」の現場に立つ

中尊寺 白山神社の朱の鳥居と色づいた木々(写真=PIXTA)

芭蕉が平泉を訪ねたのは1689年。すでに三代の栄華から五百年が経ち、そこにあったのは草の生えた高台だけでした。「夏草や兵どもが夢の跡」と「五月雨の降のこしてや光堂」は、どちらもこの場所で詠まれた句です。

短さでいえば三冊のうち断然これです。現代語訳つきの入門版なら、行きの新幹線で読み終わります。平泉の項だけなら数ページ。それだけで、高館に立ったときの感じ方が変わります。歩く前の一冊としては、費用対効果がいちばん高いと思います。

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『火怨』上下|平泉より前の東北を知る

紅葉に包まれた中尊寺の経堂(写真=PIXTA)

同じ高橋克彦さんの作品で、こちらは八世紀末の蝦夷の指導者アテルイを描きます。平泉の話は出てきませんが、平泉がなぜ生まれたのかの前提がここにあります。三百年前に何があって、清衡の代に何を終わらせようとしたのか。順番としてはこちらが先です。

史実への近さでいえば三冊のなかで最も踏み込んでいる一方、読み手を選ぶ厳しさもあります。東北の歴史を一度きちんと通したい人向けと考えてよいと思います。

『火怨 上 北の燿星アテルイ』を見る

『火怨 下 北の燿星アテルイ』を見る

『火怨』上下合本版を見る

三冊のうち、どれを選ぶか

はじめて平泉へ行く|『おくのほそ道』の平泉の項だけ|数ページで足りる。現地で句碑に会える

平泉そのものを深く知りたい|『炎立つ』|三代の百年を通して描く唯一の長編

東北の歴史を通しで押さえたい|『火怨』|平泉の前史。順序としてはここから

帰ってからもう一冊|『水壁』|アテルイの後を継いだ者たちの話

『水壁 アテルイを継ぐ男』を見る

迷ったら、行きに『おくのほそ道』、帰ってから『炎立つ』の組み合わせを勧めます。短いほうを先に入れて現地で答え合わせをし、長いほうは記憶が新しいうちに開く。この順番がいちばん取りこぼしが少なかった、というのが私の実感です。

歩く順路の目安

月見坂を上がって、弁慶堂、本堂、そして金色堂へ。境内の奥には白山神社があり、能舞台が残っています。経堂のあたりは木立が深く、紅葉の時期は参道全体が色に沈みます。秋に行くなら、午前の早い時間のほうが人も光も落ち着いています。

高館義経堂まで足を延ばすと、芭蕉が句を詠んだとされる高台から北上川を見下ろせます。「夏草や」の景色は、境内ではなくこちらです。中尊寺だけで帰らないほうがいい理由が、ここにあります。

現代の私たちへ|清衡が平泉でやろうとしたのは、敵味方を分けずに供養することでした。父も、争った相手も、同じ場所で弔う。そのために都をひとつ建てたと考えると、金色堂の意味はかなり変わってきます。争いを終わらせるために、勝った側が何をするか。八百年前のこの土地の答えは、建てて、残して、次の代に渡すことでした。跡地に立って残っているものを見ると、それが最も長持ちする方法だったことは分かります。

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写真=PIXTA

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