歴史の本を選ぶとき、「どの時代か」で探すことが多いのではないでしょうか。ただ、同じ出来事でも、どこに立って見ているかで見え方はまるで変わります。今回の4作に共通しているのは、立っている場所が国の中心ではなく、国の「縁(ふち)」だということです。
二つの大きな勢力に挟まれた土地、まだ国家に組み込まれていない土地、組み込まれていく最中の土地。そこから眺めると、中心から見ていたときには平らに見えた出来事が、急に立体になります。南の海の王国、元と日本のあいだに立たされた半島、明が清へと移っていく大陸、そして開拓という名で人が使われた北の島。地域も時代もばらばらですが、立ち位置だけが揃っています。
この4作に共通する効きどころ
中心側の公式記録だけでは、縁で起きたことは見落とされがちです。残っていても、多くは中心の言葉で書かれています。この4作は、その言葉をいったん外して読み直すところから始まります。
- 琉球 ― 日本と中国の両方に向き合いながら続いた王国を、ひとつの歴史として読む
- 高麗 ― 元の要求と日本への出兵のあいだで、選べる幅がどんどん狭くなる
- 平戸から満洲 ― 王朝が替わる十数年を、外から来た日本人の目で見続ける
- 北海道 ― 近代化を進める側ではなく、使役される側から明治を見る
並べ方は「縁の外側から内側へ」にしました。独立した王国、属国として挟まれた国、通りすがりの外国人の目、そして国家に飲み込まれていく土地、という順です。最後の一作だけが日本の近代そのものを扱うので、ここに置くと落ち着きます。難易度の順ではありませんので、気になった時代から読んで構いません。
なお、歴史の見方には諸説あります。ここで触れる位置づけも、作品がどう描いたかという話として読んでください。なお4作のうち『琉球の時代』だけは物語ではなく歴史書です。物語で入りたいならまんがの『王道の狗』、外交の場面を腰を据えて読みたいなら『風濤』、長編にじっくり浸りたいなら『韃靼疾風録』、歴史の見方そのものを変えたいなら『琉球の時代』という選び方になります。地理の軸でもう少し広く探すなら海から読む日本史 完全ガイド、立場の軸ならどちら側の人間かを問われた歴史まんが・小説4選が近い入口です。
南のはずれではなく、ひとつの王国として ― 高良倉吉『琉球の時代』
沖縄の歴史の棚は、戦争の本と観光の本に挟まれて、その間がすっぽり抜けて見えます。私もかつて、旅行の前に一冊だけ読もうとして書店で手が止まりました。高良倉吉の本は、その抜けている部分に入ります。
この本の軸は、史料をいくつ覚えるかではありません。琉球の歩みをどんなまとまりとして捉えるかです。副題の「大いなる歴史像を求めて」は、完成した像を受け取るのではなく、自分で組み立ててみませんかという誘いに読めました。日本史の付け足しとして沖縄を眺める立ち位置から降りると、同じ出来事の意味が変わります。
4作のなかでこれだけは物語ではなく歴史書です。ちくま学芸文庫の『琉球の時代』が歴史の見方そのものを扱う一冊で、同じ著者による岩波新書『琉球王国』は流れを短時間でつかむ併読用の一冊です。順番に知りたいなら新書から、読み方ごと変えたいなら文庫から。どちらも版と価格に幅があるので、入口の比較は単品記事にまとめてあります。
選べる幅が狭くなっていく ― 井上靖『風濤』
元寇は、日本側から読むと「二度の襲来を退けた話」になります。『風濤』が立っているのは、その船を造らされた側です。
元から使者の派遣を求められ、次に造船を、さらに出兵を迫られます。断ればどうなるかも分かっている。読んでいていちばん重かったのは、戦いの場面ではなく、会議で選択肢が一つずつ消えていく時間でした。王も臣下も、無能だから従ったわけではありません。
私はこれを読んでから、元寇の年号を「勝った年」として覚えるのをやめました。同じ出来事に、まったく違う重さを背負った人がいるという当たり前が、ようやく実感になった一冊です。
王朝が替わる十数年を、外から来た目で ― 司馬遼太郎『韃靼疾風録』
平戸から始まるこの長編は、異国を見に行く話ではありません。ひとつの王朝が別の王朝に替わっていく十数年を、外から来た日本人の目で見続ける話です。
中国史のまんがには親しんでいても、明から清へ移る時期にはっきりした見取り図を持っている人は多くないと思います。私もそうでした。そこに、日本から来た一人の武士という読者と同じ高さの目線が置かれているので、予備知識がなくても入れます。
出来事の行方と同じくらい、見知らぬ土地をどう受け止めるかが読書の中心になります。中公文庫版は上下2巻で刊行されており、司馬遼太郎が長編として最後に発表した作品とされています。
近代化を「使われた側」から見る ― 安彦良和『王道の狗』(本命)
幕末を読み終えたあと、明治で手が止まる人は多いと思います。人物も出来事も急に増えて、物語の入口が見えません。『王道の狗』は、その入口を北海道の開拓現場に置きました。
中央公論新社の紹介によれば、物語は明治中期、開拓に使役されていた若い囚人二人が脱獄するところから始まります。近代化を進める国と、そこで働かされる人が同じ画面に重なる。進めた側の年表では一行にもならない場所から、日清戦争へ向かう日本までが一本の線でつながります。
この4作のなかで、私がいちばん「縁は動く」と感じたのがこの作品でした。縁だった土地が国に編入され、その国が今度は外へ出ていく。縁は固定された場所ではなく、国が広がるたびに引き直される線なのだと、絵で分かります。中公文庫コミック版は全4巻、第1巻は336ページ・968円(10%税込)です。まんがで読めるぶん、明治の入口としていちばん敷居が低いので本命に置きました。
本命はこの一作 ― まずは第1巻から、全4巻で完結します
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現代の私たちへ
自分がいつも中心に立っているとは限りません。会社でも地域でも、決める場所の外側にいて、決まったことだけが降りてくる側に回る時期があります。そういうときに読むと、この4作は妙に実務的に効きます。
4作を並べて読んで残ったのは、縁に立つ立場だからこそ、中心と外側の力関係を切実に見ざるをえないという感触でした。琉球も高麗も、二つの相手を同時に見ていなければ続きませんでした。中心にいる人は片側しか見なくても済みます。見える範囲の広さでいえば、縁のほうが有利に働くこともあります。立場が弱いことと、視野が狭いことは別だと分かるだけで、次の会議の座り方が少し変わります。
0円で試してから決める
4作とも電子で読めます。いきなり全部そろえる必要はないので、まず体験で1冊読んでみて、合いそうなら買う順番で問題ありません。合わなければ体験期間内にやめられます。
まとめ
国の縁は、地図の端ではなく、歴史がいちばん動く場所でした。琉球は二つの相手に向き合い、高麗は選択肢を削られ、平戸から渡った武士は王朝の交代を外から見届け、北海道は開拓という言葉のもとで国に組み込まれていきます。
どこから読んでも構いませんが、まんがで明治の入口をつくりたいなら『王道の狗』から、読み方そのものを変えたいなら『琉球の時代』から。1作読み終えたころには、次に開く本の「どこから見た話か」が、自然と気になっているはずです。


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