彦根城はどんな城か

滋賀県彦根市、琵琶湖の東岸に建つ城です。天守は国宝に指定されており、江戸時代から建ち続けている現存天守のひとつにあたります。築いたのは関ヶ原のあとにこの地を与えられた井伊直政の家で、完成までは直継・直孝の代までかかったと伝えられています(※諸説あり)。
実際に歩くと、天守そのものよりそこへ至るまでの道が印象に残ります。石段は折れ曲がり、途中に橋を落とせる構造が挟まっていて、まっすぐには近づけません。観光地としては歩きにくいのですが、これは戦うための設計がそのまま残っているということでもあります。
天守に上がる前に見ておきたいところ

天守へ向かう途中には、天秤のような形をした櫓や、堀に沿って続く石垣があります。石の積み方が場所によって違うので、どこが古くてどこが後の時代かを見比べながら歩くと、同じ道の往復が退屈になりません。
城のふもとには大名庭園も残っています。水辺から天守を見上げる位置関係は、城の内側から見る景色とはまったく別物です。半日を確保できるなら、天守→庭園→城下町の順にまわると、一日の記憶が整理されやすいと感じました。
そしてもう一か所、城下には井伊直弼が藩主になる前に暮らした屋敷が残っています。部屋数の少ない建物で、のちに大老として国全体の決定を下すことになる人物が、長く「出番のない部屋住み」だった事実がそのまま置かれています。
井伊直弼という人をどう読むか

井伊直弼は、開国を進め、反対する側を処罰し(安政の大獄)、その報復として江戸城の桜田門外で命を落としました。教科書では数行で終わる人物ですが、彦根では今も地元の殿様として扱われています。この落差そのものが、幕末という時代の読みにくさです。
行く前に一冊読んでおくと、現地で見える情報量がまるで変わります。方向性の違う2冊を、同じ物差しで比べてみます。
現地に行く前に読む2冊を比べる
①舟橋聖一『花の生涯』──直弼の側から
井伊直弼その人を主人公に据えた長編小説です。部屋住み時代から大老、そして桜田門外までを、本人の内側から追います。彦根城に行くならもっとも直結する一冊で、埋木舎を見たあとに読むと意味が変わります。電子の合冊版であれば1,540円ほど(確認した時点)で全部読めます。
②みなもと太郎『風雲児たち 幕末編』──時代の全体から
関ヶ原から幕末までを一本でつなぐ長大な歴史まんがの、幕末に入ってからの部分です。直弼は主人公ではなく、多くの登場人物のひとりとして相対化されます。ギャグを挟みながら進むので、幕末の予備知識がなくても脱落しません。1巻は電子で518円ほどでした。作品そのものの解説は『風雲児たち』を徹底紹介にあります。
読み放題やオーディオブックの対象作品は入れ替わるため、書名を挙げての断定は避けます。対象かどうかはその都度ご確認ください。
三つの観点で、どちらを選ぶか決める
①初心者はどちらか──②です。まんがで、笑いが入り、人物関係が絵で整理されます。幕末の人名がまだ頭に入っていない段階なら、①の小説はやや重く感じるはずです。
②史実に寄っているのはどちらか──どちらも創作を含みますが、性格が違います。①は直弼の内面を描くぶん、作者の解釈が濃くなります。②は通史として事実関係を追う比重が大きく、諸説がある箇所は作中でそう断っています。現地の解説板と突き合わせたいなら②のほうが噛み合います。
③短時間で読めるのはどちらか──①です。合冊版なら1冊で完結し、旅の前後の数日で読み切れます。②は巻数が多く、幕末編だけでも相当な分量になるため、行く前に読み終えるという使い方には向きません。
幕末そのものを作品で追いたい場合は幕末・維新を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドを、幕府を倒す側から書かれた作品を続けて読むなら司馬遼太郎の歴史小説はどれから読む?をどうぞ。同じ事件が反転して見えます。
現代の私たちへ
彦根城を歩いて残ったのは、決めた人の評価は、決めた瞬間には確定しないという当たり前の事実でした。直弼の開国は、当人が生きているあいだは命を奪われるほど憎まれ、のちには別の評価も与えられています。城はそのどちらの時期にも同じ形で建っていました。判断の良し悪しが決まるまでに何十年もかかることがある——そう思うと、目の前の決断に対する構え方が少し変わります。



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