天橋立は「日本三景のひとつ」「股のぞきで有名な景色」として知られています。けれど、この砂州のいちばん面白いところは景色そのものではなく、そこに人が何を見てきたかにあります。伊勢神宮の神さまが最初にいた場所だという伝承、百人一首に残された即興の一首、そして室町の画僧・雪舟がここまで歩いてきて描いた一枚。今回は文珠側から府中側へ、読みながら歩く天橋立です。

天橋立とはどんな場所か
天橋立は、京都府宮津市の宮津湾と阿蘇海を隔てる細長い砂州です。全長はおよそ3.6km、幅はいちばん狭いところで20mほど。その上に数千本の松が生い茂り、対岸の高台から見ると海の上に一本の道が渡っているように見えます。※数値は宮津市・京都府の公開資料による概数で、資料により幅があります。
松島(宮城)・宮島(広島)と並ぶ日本三景のひとつ。三景という括りは江戸前期の儒学者・林春斎が記した書に由来するとされ、以後この三か所が「日本を代表する景色」として定着しました。※三景の由来には諸説があります。
三景のもう一方については宮島 歴史さんぽ|五重塔と千畳閣、神仏習合が残る「祈りの島」で歩いています。宮島は「海に社を建てた島」、天橋立は「海に道が架かった場所」。どちらも人が自然を神の作為として読んだ土地だという点で、驚くほど似ています。
元伊勢と呼ばれる社——籠神社

砂州を渡りきった府中側に、丹後国一宮の籠神社(このじんじゃ)があります。この社が「元伊勢」と呼ばれるのは、伊勢神宮の外宮に祀られる豊受大神が、かつてここにいたと伝えられているからです。記録によれば、天照大神もこの地に一時遷られたとされ、のちに伊勢へ移られたと伝わります。※元伊勢の伝承・遷座の経緯には諸説があり、同様に「元伊勢」を称する社は各地にあります。
ここが面白いのは、伊勢の側から見ると「出発点」だが、丹後の側から見ると「置いていかれた場所」でもあることです。伊勢神宮 歴史さんぽでは、江戸の庶民が一生に一度を賭けて目指した終着点としての伊勢を歩きました。その伊勢の物語を、いちばん最初まで巻き戻すとここに戻ってくる。同じ神さまを、到着地と出発地の両方から見ることになります。
私は籠神社の伝承を読んでから写真を見返して、砂州が「海を渡るための道」ではなく「神が通った跡」として語られてきた理由がようやく腑に落ちました。天に架かる橋が倒れて海に横たわった——という伝承がこの地名の由来として語られています。※地名の由来にも複数の説があります。
百人一首の一首が、ここで生まれた
天橋立は、和歌の世界では有名な地名です。とくに知られているのが小式部内侍の一首。
大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立
百人一首の六十番。母は歌人として名高い和泉式部。その娘である小式部内侍は「歌は母に代作させているのだろう」と揶揄されていました。ある歌合の前、藤原定頼にそのことをからかわれた彼女が、その場で即興で返したのがこの歌だと伝わります。※逸話は『古今著聞集』などに載るもので、細部には諸説があります。
「大江山を越え、生野を通っていく道は遠いので、天橋立の地はまだ踏んだこともないし、母からの文も見ていません」。「いく野」に生野と行くを、「ふみ」に踏みと文をかけた、二重の掛詞です。代作を疑う相手に、代作では絶対に間に合わない即興で返す——これほど鮮やかな反論はなかなかありません。
平安の歌人たちの世界をもう少し知りたい方は、平安時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドから入ると全体像がつかめます。
雪舟は、ここまで歩いてきた

室町の画僧雪舟が晩年に描いたとされる『天橋立図』は、国宝に指定されています。上空から見下ろしたような鳥瞰の構図で、砂州だけでなく周囲の寺社や集落まで細かく描き込まれているのが特徴です。※制作年は1501年ごろとする説が有力ですが、諸説あります。
この絵の何がすごいかというと、当時は当然、空から見ることができないという点です。雪舟は現地をいくつもの角度から歩き、写生を重ね、それを頭の中で一枚の俯瞰図に組み直した——と考えられています。つまりこの絵は、「歩いた記録の集合」なのです。
ビューランドや傘松公園から見る今の天橋立の眺めは、五百年前に一人の画僧が足で作り上げた視点と、ほとんど同じ場所にあります。股のぞきをして写真を撮るその一瞬に、そういう積み重ねが乗っていると思うと、同じ景色が少し違って見えてきます。
雪舟が生きた室町という時代そのものを知りたい方は、ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』が入り口として親切です。応仁の乱前後の京都の空気が、そのまま雪舟の時代の空気でもあります。
歩く順番の提案|文珠から府中へ
- 智恩寺(文殊堂)——文珠側の入口。日本三文殊のひとつに数えられ、知恵を授かる寺として親しまれてきました。
- 回旋橋——船が通るたびに橋が回る、小さいけれど見ごたえのある仕掛けです。
- 砂州の松並木——歩いて渡ると片道およそ1時間。海の中を歩いているという感覚は、上から眺めるだけでは味わえません。
- 籠神社・真名井神社——府中側。元伊勢の伝承はここで受け取ります。
- 傘松公園——ケーブルカーで上がり、股のぞき。雪舟の視点に一番近い高さです。
景色を先に見てから歩くと「もう見た」で終わってしまいます。歩いてから上がると、さっき自分が渡ってきた線が眼下に伸びていて、同じ写真がまったく別の意味になります。※各施設の営業時間・運行状況は変わるため、訪問前に公式情報でご確認ください。
現代の私たちへ
天橋立は、ただの砂州です。潮の流れが砂を運んで、たまたま細長く積もっただけの地形。それを人は「神が渡った橋の跡」と読み、歌に詠み、絵に描き、三景に数え、千年かけて意味のある場所に育ててきました。
景色に意味は最初から付いていません。誰かが見て、名づけて、語り継いだから意味になる。自分の仕事や暮らしの中にある「ただの砂州」も、たぶん同じです。まだ誰も名づけていないだけかもしれません。
歩く前に、読んでおくと効く一冊
小式部内侍の一首の背景を知ってから行くと、砂州を渡る時間の意味が変わります。百人一首の歌人たちを漫画で読める『新版 超訳百人一首 うた恋い。』は、歌の裏にある人間関係をドラマとして描いていて、和歌の予備知識がなくても入れます。
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まとめ
天橋立は、三つの層でできています。海が積んだ砂という地形の層、神が渡ったと語られた信仰の層、そして歌と絵が重ねた表現の層。文珠から歩いて府中へ渡り、籠神社で元伊勢の伝承を受け取り、傘松公園まで上がって振り返る——この順番で歩くと、三つの層が順番に立ち上がってきます。読む、歩く、また読む。天橋立は、そのサイクルがいちばん効く場所のひとつです。
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