富岡製糸場 歴史さんぽ|赤煉瓦を歩く前に読む3冊を、紙と電子の総額で比べる

歴史さんぽ

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群馬県富岡市の駅から歩いて十数分、住宅と商店の並びが途切れたところに、赤煉瓦の長い建物が現れます。富岡製糸場です。記録によれば操業開始は一八七二年(明治五年)、官営の模範工場として建てられ、一九八七年まで実際に糸を作り続けました。二〇一四年に「富岡製糸場と絹産業遺産群」として世界文化遺産に登録されています。

ここは、予備知識がゼロでも見学できる場所です。ただ、一冊でも読んでから行くと、同じ煉瓦の壁がまったく違って見えます。この記事では、歩く前に読む三冊を挙げたうえで、その三冊を紙で買った場合と電子で買った場合の総額まで分解します。長編ではないので、三冊そろえても思ったほどはかかりません。

富岡製糸場の正門
正門。ここから先が、明治五年に動きはじめた工場の敷地です

一冊だけ選ぶなら

和田英『富岡日記』(ちくま文庫・七九二円)です。ここで実際に働いた人が自分で書いた記録なので、見学中に思い出す場面がいちばん多くなります。

富岡製糸場は、何のために建てられたのか

幕末に開かれた港で、日本の主要な輸出品になったのが生糸でした。ところが需要に追われて粗製品が増え、評判が落ちます。そこで政府が、品質の基準と技術者の供給源をつくるために建てたのが官営富岡製糸場だ、と一般に説明されます。指導にあたったのはフランス人のポール・ブリュナで、繰糸の器械もフランス式が導入されました。

建物は木の骨組みに煉瓦を積む「木骨煉瓦造」で、東置繭所・西置繭所・繰糸所の三棟が二〇一四年に国宝に指定されています。繰糸所は柱のない大空間で、屋根をトラスで支えています。見学のとき、天井を一度見上げてみてください。

富岡製糸場の東置繭所
東置繭所。二階が繭の貯蔵庫で、要石にあたる部分に「明治五年」の文字が残ります

歩く前に読む三冊

①中にいた人の記録——和田英『富岡日記』

信州松代から来た士族の娘が、伝習工女として富岡で過ごした日々を、後年になって書き起こした記録です。驚くのは筆致の明るさで、寮の様子も食事も、器械の覚え方も、どこか誇らしげに書かれています。国のために来たという意識がはっきりあり、帰郷後は地元の製糸場で教える側に回ります。

私はこれを読んでから見学して、繰糸所の窓の高さや光の入り方が急に具体的に感じられました。人が立っていた場所として建物を見られるようになる、というのがこの本のいちばんの効き目だと思います。

②同じ時代の、別の現場——山本茂実『あゝ野麦峠』

こちらは富岡の話ではありません。飛騨から野麦峠を越えて信州・諏訪の製糸工場へ働きに出た少女たちの聞き書きで、舞台も時期も経営形態も富岡とは違います。あえて並べて読むのは、そのためです。官営の模範工場と、民間の競争下にあった現場では、労働の中身がまったく違って記録されています。

どちらか一方だけを読むと、明治の製糸業を一色で塗ってしまいます。二冊を続けて読むと、同じ「生糸」という言葉の下に別々の現実があったことが見えてきます。※諸説あり、記録の性格も異なるので、断定的に比べるのではなく並べて読むのが妥当だと思っています。

③つくった側から見る——城山三郎『雄気堂々』

富岡製糸場の設立に関わった一人が渋沢栄一です。『雄気堂々』は、その渋沢の若い時期から実業家として立つまでを描いた長めの小説で、上下二巻。工場そのものを描いた本ではありませんが、なぜ官が工場を建てたのか、その資金と人はどこから来たのかという、建物の外側の事情がつかめます。

時代の全体像は明治・大正・昭和を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドにまとめてあります。同じ明治を文人の側から見たいなら『坊っちゃんの時代』が対になります。

富岡製糸場の繰糸所の内部
繰糸所。柱のない大空間で、明治の器械と昭和の自動繰糸機が同じ床に並びます

三冊はいくらで読めるのか——紙と電子で分解する

二〇二六年九月時点の表示価格で積み上げます。価格は変動しますので、購入前にご確認ください。

紙でそろえる場合

『富岡日記』(ちくま文庫)七九二円、『あゝ野麦峠』(角川文庫)七四八円、『雄気堂々』上八八〇円+下八二五円。合計で三千二百四十五円です。長編まんがを一作そろえるより、はるかに軽い出費で済みます。

電子でそろえる場合

電子版はもう少し下がります。『富岡日記』のKindle版は九十円、『あゝ野麦峠』のKindle版は六百四十四円、『雄気堂々』は上下の合本版が千七百五円。合計で二千四百三十九円、紙より八百円ほど安くなります。

さらに『富岡日記』には、注釈と図版を付けた別編集の電子版があり、こちらは無料で読める形で出ています。編集も底本も文庫とは別物なので、まず内容に触れてみたいときの入口として使えます。

結論:現地で思い出したいなら紙、旅の直前なら電子

見学のあいだに開き直したいなら紙が便利です。逆に、行く前日に読み始めるなら電子のほうが早くて安い。私は『富岡日記』だけ紙で持ち、残り二冊は電子にしました。読み放題とレンタルの併用や全巻そろえるといくらかも、総額を下げる考え方は同じです。

読み放題や聴き放題で先に試す

対象作品は入れ替わるため、そのつどご確認ください。無料期間のうちに一冊読み切れれば、総額はさらに下がります。

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歩く順番——正門から繰糸所へ

敷地は広くありません。正門を入って正面に東置繭所、その奥に繰糸所、左手に西置繭所という並びで、ゆっくり歩いても一時間半ほどで一周できます。ガイドツアーが定期的に出ているので、初めてなら乗ってしまうのが早いです。開館時間や料金、ガイドの回数は変更されることがあるため、訪問前に公式の案内をご確認ください。

読んでから行くなら、順路は本の順番に合わせるのがおすすめです。正門で『雄気堂々』の側(つくった人たち)、東置繭所と繰糸所で『富岡日記』の側(働いた人たち)、そして帰り道で『あゝ野麦峠』の側(同じ時代の別の現場)を思い出す。同じ敷地が三重に見えます。

現代の私たちへ

富岡製糸場は「品質を安定させるために、まず教える場所をつくった」施設です。急いで量を増やすほど評判が落ちるという問題に、国が出した答えが工場ではなく学校に近いものだった、という点が面白いところだと思います。人を育てる側に先に投資する。百五十年前の判断が、いまの組織の話とそのまま重なります。

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