藤沢周平さんの『蝉しぐれ』は、海坂藩という架空の小藩を舞台に、下級武士の家に生まれた牧文四郎の少年期から始まる長編小説です。父が藩の政争に巻き込まれ、家が傾いていくなかで、文四郎は隣家の娘ふくへの思いを胸の奥に置いたまま大人になっていきます。時代小説を初めて読む方への一冊としてよく挙げられる作品で、のちに映像化もされました。
ただ、いざ買おうとすると版がややこしい作品です。文春文庫には一冊ものと、上下に分かれた新装版があり、電子と紙でも値段が違います。私も今朝あらためてAmazonと楽天ブックスを並べて開き、ここは数字を出しておいたほうが親切だと思いました。先に結論を書くと、『蝉しぐれ』だけを紙で揃えるより、長編を電子で読んで短編集を一冊紙で足すほうが27円安く、しかも作品が一冊増えます。
迷ったら、この1冊から
最初の一冊は電子版(754円)をおすすめします。一冊ものなので上下巻の区切りがなく、少年期から読み進めるうちに引き返せなくなる流れをそのまま味わえます。合わなければ754円で終われるのも、初めての作家を試すときには効きます。
海坂藩——地図には無いのに、歩いた気持ちになる小藩
『蝉しぐれ』の舞台になる海坂藩は、実在しない藩です。藤沢さんは山形県鶴岡市の生まれで、庄内の風土を下敷きにした架空の藩をいくつもの作品で共有して使いました。だから地図を探しても出てきませんし、城跡を訪ねることもできません。それでも読み終えたあとには、堰の水音や、道の両側に迫る木々の気配が、行ったことのある場所のように残ります。
架空の藩に設定した効き目は、読んでみるとよく分かります。実在の藩を舞台にすると、藩主の名前や事件の年次に書き手が縛られます。海坂藩は縛られないので、「下級武士の家に、藩の政争がどう降ってくるか」という一点に話を絞れる。歴史上の誰かの物語ではなく、どの時代のどの組織にもある話として読めるのは、この設定のおかげです。江戸という時代の全体像から入りたい方は江戸時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドも先に開いてみてください。
あらすじ——父の事件から始まり、子が大人になるまでを追う
物語は、文四郎が十五歳の夏から動きだします。父の助左衛門は藩の勘定方に勤める下級武士でしたが、藩内の後継をめぐる争いに連座したとされ、家は一気に傾きます。文四郎は学問も剣術も途中で手放さざるをえなくなり、組屋敷の近所からの視線まで変わっていく。十代の少年がその全部を一度に背負う前半は、読んでいて息が浅くなります。
隣家には、ふくという娘がいます。幼いころから朝顔の世話を一緒にしてきた間柄ですが、家の事情が変わり、ふくも江戸へ出ることになって、二人の道は離れていきます。後半は、大人になった文四郎が藩の仕事に就き、かつての事件の続きに向き合う展開です。ここから先はこれから読む方の楽しみなので、結末には触れません。この小説の山は、剣が交わる場面よりも、言わずに済ませた言葉のほうにあります。
読みどころ——事件の裏ではなく、こちら側の生活が書かれている
私がいちばん手が止まったのは、文四郎の母が家計の始末をつけていく場面でした。藩の政変は数行で片づくのに、家の中の暮らしは一行ずつ丁寧に書かれる。大きな事件を小さくし、小さな生活を大きく書くのが藤沢さんの筆で、だから読者は政争の勝ち負けではなく「この家はこのあとどうなるのか」のほうを気にしながら読むことになります。
もうひとつは、季節の書き方です。蝉の声、朝の水、雪の重さ——風景の描写が、そのまま登場人物の心の温度になっています。説明の文で感情を言わないので、読み手が自分の記憶から補うことになる。読後にこの小説の話をすると、人によって思い出す場面がまったく違うのは、たぶんそのためです。同じ江戸の市井を人情で描く系譜としては、池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』が近い位置にありますが、あちらが事件を解く側から書くのに対し、『蝉しぐれ』は事件に巻き込まれる側から書いています。
いくらで読める?——電子754円と新装版の紙上下1,606円を、ポイントまで入れて並べる
本日Amazonで実際に採った値段です。ポイントは商品ページに表示されていた数字をそのまま書いています。
| 買い方 | 価格 | ポイント | 状態 |
|---|---|---|---|
| 電子(文春文庫・一冊もの) | 754円 | 8 | すぐに購読可能 |
| 新装版 文庫 上 | 803円 | 25 | 在庫あり |
| 新装版 文庫 下 | 803円 | 25 | 在庫あり |
| 新装版 紙 上下あわせて | 1,606円 | 50 | 在庫あり |
| 単行本 | 2,251円 | — | 商品ページに表示あり |
ここで一点、買う前に知っておきたいことがあります。一冊ものの紙の文庫は、新品では手に入りません。商品ページの版の切り替えには紙の文庫も並んでいますが、出ているのは中古の出品だけで、新品として買えるのは上下に分かれた新装版のほうです。つまり「一冊で持ちたい」という希望は、いま叶えられるのは電子だけ、ということになります。
楽天ブックスでも新装版の上巻を確認しました。803円・在庫ありで、Amazonとまったく同額です。紙を楽天のポイントで買いたい方は、こちらでも損はしません。
組み合わせて読む——長編を電子で、短編集を紙で
藤沢さんの作品は、長編と短編集の二本立てで入ると景色が広がります。『蝉しぐれ』が一人の人生を縦に追う長編なら、短編集は同じ庄内の町の暮らしを横に切った一枚ずつ。どちらか片方だと、この作家の幅が半分しか見えません。短編集の代表に、映像化でも知られる『たそがれ清兵衛』があります。こちらも本日値段を採りました——電子781円(8ポイント)/紙の文庫825円(25ポイント)、在庫ありです。
二冊の買い方を足し算すると、こうなります。
| 組み合わせ | 合計 | ポイント | 手に入るもの |
|---|---|---|---|
| 両方とも電子 | 1,535円 | 16 | 長編+短編集 |
| 長編は電子・短編集は紙 | 1,579円 | 33 | 長編+短編集 |
| 『蝉しぐれ』の紙(新装版 上下)だけ | 1,606円 | 50 | 長編のみ |
| 両方とも紙 | 2,431円 | 75 | 長編+短編集 |
並べて驚いたのはここです。『蝉しぐれ』を紙の新装版で揃える1,606円より、長編を電子(754円)で読んで短編集を紙(825円)で持つ1,579円のほうが27円安く、しかも作品が一冊増えます。27円は誤差のような額ですが、同じ予算で読める本が一冊違うのは誤差ではありません。上下巻を二冊持ち歩くか、文庫一冊を鞄に入れるかという重さの違いまで入れると、差はもう少し開きます。
短編集『たそがれ清兵衛』の紙を見る(825円・25ポイント)
同じ「いくらから読めるか」で版を分解した記事として、高田郁『みをつくし料理帖』は全部でいくら?と今村翔吾『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』はいくらから読めるかも置いてあります。シリーズものは巻数が増えるほど版の選び方で総額が変わるので、先に読んでおくと判断が速くなります。
現代の私たちへ
文四郎が背負うのは、自分が起こしたのではない出来事の後始末です。親の代の判断、組織の力関係、たまたま居合わせた場所——本人の努力と関係のないところで条件が決まる経験は、時代が変わっても形を変えて残ります。この小説が救いになるのは、そこで文四郎が何かを一発で逆転させるからではありません。条件が悪いままの日々を、どう続けたかが書かれているからです。すぐ効く答えが要る日ではなく、長く続ける覚悟が要る日に開く本だと思います。
まず費用をかけずに読み始めたい方へ
読み放題や朗読の無料体験から入ると、合わない本に当たっても損をしません。対象作品は入れ替わりますので、気になる本があるかどうかはリンク先でご確認ください。
結論——一冊ものの電子から入って、気に入ったら紙を足す
数字をもう一度だけ並べます。電子754円(8ポイント)、新装版の紙は上下で1,606円(50ポイント)、一冊ものの紙は新品では買えない。短編集を足すなら、電子+紙の1,579円が紙だけの1,606円より安い。この作品は金額で迷うほどの差が出ないので、持ち方で決めてしまってよいのが実測の結論です。
私の勧めは、まず電子の一冊もので読み通し、気に入ったら新装版の紙を手元に置く順番です。この小説は読み返す本になりやすく、二度目は結末を知ったうえで前半の静けさを味わうことになります。そのときに紙だと、ページを戻る手が速い。初読で754円、再読のために1,606円を足すのは、無駄な重複ではなく読み方の投資だと思います。
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