江戸の料理小説を人に勧めるとき、私がいちばん最初に名前を出すのが高田郁『みをつくし料理帖』です。大坂で水害に遭った少女が、江戸の小さな蕎麦屋で料理人として立っていく話で、一冊ごとに献立が一つ立ち上がってくる作りになっています。読み終えるたびに台所へ行きたくなる、という珍しい読後感の連作でした。
ただ、いざ揃えようとすると入口が三つに分かれます。原作の文庫、岡田理知さんによるまんが版、そして月額の読み放題です。どれが安いのかは、並べて数えてみるまで分かりませんでした。この記事では三つの総額を実際に出して、最後に「私ならどれを選ぶか」まで書きます。価格はすべて2026年8月24日時点の表示です。
迷ったら、第一作『八朔の雪』の一冊だけ。607円で、澪が江戸へ出てから最初の献立を出すまでが読み切れます。ここで合わなければ続けなくてよい作りです。
『みをつくし料理帖』はどんな物語か
舞台は19世紀のはじめ、江戸。大坂の水害で身寄りを失った澪が、神田の蕎麦屋「つる家」に拾われ、料理人として腕を上げていきます。敵は人ではなく、江戸と上方の味の違いです。だしの引き方も醤油の濃さも違う土地で、上方育ちの澪が江戸の客に受け入れられる一皿を探し当てるまでが、毎巻の骨格になっています。
私がこの連作で好きなのは、澪が失敗する場面のほうが丁寧に書かれているところです。売れ残った鍋を前に立ち尽くす描写に何ページも割いておいて、次の巻でその失敗を材料に一品を組み直す。職業小説として読んでも筋が通っているので、時代小説を読み慣れていない人ほど入りやすいと思います。
本編は全十巻で完結し、番外編を含めた文庫は十二冊。江戸そのものをもう少し広く見たいときは江戸時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドから入ると、同じ時代の別の職業が見えてきます。
入口① 原作の文庫でそろえる ── 十二冊で7,951円
いちばん確実なのが文庫です。単巻の定価は607円から682円で、全巻セット(十二冊)が7,951円。一冊あたり663円ほどになる計算で、ばらばらに買うのとほとんど差がありません。つまり「まとめ買いだから安い」という商品ではないので、急いで全部そろえる理由はないほうです。
私は一巻だけ買って、面白ければ次を買う、という買い方を勧めています。読み終わりまで二年かかっても、総額は変わりません。
入口② まんが版でそろえる ── 全七巻で4,620円
岡田理知さんが集英社のマーガレットコミックスで描いたまんが版は、電子で各660円の全七巻、合計4,620円です。原作十二冊の7,951円に対して3,331円安いうえ、巻数が五冊少ないぶん読み切るまでの時間も短くなります。
ただし、まんが版は原作の全部を追っているわけではありません。料理の手つきや店の空気を絵で見たい人には向きますが、澪の内側の迷いは文章のほうが濃く出ます。安さだけで選ぶなら、まんが版が答えです。
入口③ 読み放題で、買う前に相性を測る
三つ目が月額の読み放題です。江戸の料理物や時代小説はこの手のサービスと相性がよく、月額760円(税抜)から読み放題が使えるBOOK☆WALKERのような入口を一か月だけ開けて、合う作家を先に見つけてしまうやり方があります。
注意点が一つ。読み放題の対象作品は入れ替わります。読みたい巻がいま対象かどうかは、申し込む前に各サービスの一覧で確かめてください。ここは私も何度か外しました。
読み放題とレンタルをどう使い分けるかは歴史まんがは読み放題とレンタルの併用がいちばん安いに、長編を全巻そろえたときの相場は長編の歴史まんが・歴史小説は全巻そろえるといくら?にまとめてあります。
三つを並べると、こうなる
総額と、向いている人
文庫 十二冊=7,951円。澪の内面まで全部読みたい人。手元に残したい人。
まんが版 全七巻=4,620円。いちばん安く、いちばん早く終わる。料理の絵が見たい人。
読み放題=月額760円(税抜)から。相性が分からない段階の人。まず一か月だけ試す人。
私なら、文庫の第一作を607円で買って、続きが読みたくなったらまんが版で一気に走ります。合計しても五千円台に収まるうえ、文章と絵の両方で同じ献立を見られるので、この作品にかぎっては遠回りが得になります。
番外編まで含めて味の話だけを読み返したい人には、レシピと随筆をまとめた『みをつくし献立帖』が別に出ています。
現代の私たちへ
澪が江戸で最初にぶつかったのは、腕の問題ではなく「土地が違えば、おいしいの基準が違う」という壁でした。上方でいちばんだった味が、江戸では薄いと言われる。正しさを持ったまま場所を移すと、正しさのほうが通じなくなる。この構図は、いまの私たちが職場や住む土地を変えたときに味わうものとほとんど同じです。澪の答えは、上方を捨てることでも江戸に媚びることでもなく、両方の材料で新しい一皿を組み直すことでした。移った先で通じる形に作り替えるという選択が、二百年前の台所からそのまま届いてきます。
まず一冊だけ試したい、という段階なら、無料期間のある読み放題と聴き放題も入口になります。
最後に、どれを選ぶか
いちばん安いのはまんが版の4,620円、いちばん深いのは文庫の7,951円、いちばん失敗が少ないのは読み放題で一か月試す形です。この作品は一巻だけで完結して読めるので、最初から全巻を買う必要がありません。607円をひとつ払って、澪が最初の献立を出す場面まで読んでから決めても遅くないと思います。
あわせて読みたい:江戸時代 完全ガイド/杉浦日向子『百日紅』/『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』はいくらから読めるか


コメント