歴史の本を読んでいると、ときどき文章がふっと途切れる場所に出会います。「その後の消息は伝わらない」「この時期の記録は残っていない」——史料が黙ってしまう空白です。歴史まんががいちばん強いのは、実はこの空白のほうだと思っています。資料が揃っている場面より、資料が無い場面のほうが、作家の「この人はこう考えたはずだ」という読みがまるごと出るからです。今回は内容の時代やジャンルではなく、「記録の空白をどう埋めたか」を一本のものさしにして四作を並べます。仕事でも、前任者の引き継ぎが途中で切れていたり、なぜこの決定になったのか誰も覚えていなかったりする場面があります。空白を前にした人間がどう振る舞うか、という点で、この四作は他人事ではありません。
「わからない」は、いちばん自由な場所でもある
歴史まんがの評価軸として「史実に忠実かどうか」がよく持ち出されます。ただ、忠実に描こうにもそもそも史料が存在しない領域というものがあります。生年がわからない、前半生の記録がない、死後に伝説だけが増えていった——こうした人物は、教科書では一行で片づけられてしまいます。
今回はその一行の裏側に踏み込んだ四作を、次の三点で比べました。①空白の種類(記録が無いのか、消えたのか、伝説に覆われたのか) ②作家が空白に何を置いたか ③その埋め方が、読後に何を残すかです。
結論を先に書くと、四作の空白はこう分かれます。出自そのものが不明(『ヒストリエ』)、数年ぶんの記録が消えている(『7人のシェイクスピア』)、死後に俗説が生えた(『ハーン ‐草と鉄と羊‐』)、伝説が大きすぎて実像が隠れた(『諸葛孔明 時の地平線』)。同じ「わからない」でも、埋め方はここまで違います。
史料が黙っている人を描いた歴史まんが四選
① 岩明均『ヒストリエ』 ― 出自そのものが分からない人
『寄生獣』の岩明均さんが、講談社『月刊アフタヌーン』で2003年から連載している歴史大作です。主人公は、のちにアレクサンドロス大王の書記官となるカルディア出身のエウメネス。実在の人物ですが、後世に伝わっているのは主に大王の死後の活躍で、そこに至るまでの生い立ちはほとんど残っていません。※諸説あり
空白の埋め方:作者はその前半生に、出自をめぐる大きな一撃を置きました。信じていた自分の立場が根底から崩れ、流転のなかで読み書きと観察だけを武器に生き延びていく——という筋立てです。「記録が無い」を「記録に残らない側の人生だった」と読み替えたのが、この作品の発明だと思います。
個人的に唸ったのは、戦いの場面ですら腕力ではなく観察と段取りで決着することです。エウメネスは地形と人の心理を読み、最小の力で状況をひっくり返します。派手な必殺技が一度も出てこないのに、読み終えると「頭で戦う」という言葉の意味が更新されています。
② ハロルド作石『7人のシェイクスピア』全19巻 ― 記録が「消えている」数年
ウィリアム・シェイクスピアには、20代の数年間だけ足取りがつかめない時期があります。研究者のあいだで「失われた年月(lost years)」と呼ばれてきた空白です。ハロルド作石さんは、そこに七人の仲間を置きました。第一部『7人のシェイクスピア』が全6巻(小学館)、第二部『7人のシェイクスピア NON SANZ DROICT』が全13巻(講談社)で、二部あわせて全19巻という長編です。
空白の埋め方:「天才が一人で生まれた」という説明を、この作品は最初から採りません。地方から出てきた青年が、劇場という産業の底辺で他人の才能を借り、貸し、奪い合いながら書き手になっていく。空白を“共作の時間”として埋めたわけです。第二部の副題は、シェイクスピア家の紋章に添えられた言葉として知られるもので、「身分」というこの作品の主題がそのままタイトルになっています。
私が引き込まれたのは、劇場が芸術の場ではなく金と客席で回る商売として描かれている点でした。良い脚本が勝つのではなく、その日の客に当たった脚本が勝つ。現代の企画会議とほとんど同じ光景です。
③ 瀬下猛『ハーン ‐草と鉄と羊‐』全12巻 ― 死んだあとに生えた俗説
源義経は衣川で死なず大陸へ渡ってチンギス・ハンになった——史実としての裏づけはない俗説ですが、一度は耳にしたことがある話だと思います。瀬下猛さんはその俗説をあえて出発点に置きました。講談社の青年誌で連載され、第1巻の発売は2018年4月、単行本は全12巻で完結済みです。舞台は12世紀末から13世紀初めのユーラシア大陸。※諸説あり
空白の埋め方:おもしろいのは、この作品が俗説を証明しにいかないことです。英雄が正体を明かして覚醒する話ではなく、名前も身分も失った男が、羊をどう増やすか、鉄をどこから買うかを考えながら草原に居場所を作っていく。タイトルの「草と鉄と羊」がそのまま草原経済の三要素になっていて、主戦場は合戦ではなく交渉と物流です。
私が一番効いたのは、権力が本人の意思とは無関係に膨らんでいく描き方でした。拾ってくれた人に借りを返し続けているうちに、返しきれない量の期待が集まってしまう。出世を望まなかった人が背負わされる、という筋書きに覚えのある方は少なくないはずです。
④ 諏訪緑『諸葛孔明 時の地平線』全14巻 ― 伝説が大きすぎて実像が隠れた人
諸葛亮孔明ほど有名で、しかも有名になったせいで見えなくなった人も珍しいと思います。たいていの三国志ものでは、孔明の登場は物語のなかば、三顧の礼から。それ以前がどんな青年だったかは、ほとんど描かれません。諏訪緑さんが小学館の少女漫画誌で連載した本作は、そこに一番長くページを割いた作品です。単行本は全14巻、文庫版は全8巻で完結済み。
空白の埋め方:戦乱で故郷を追われ、叔父を頼って荊州へ移り、在野の知識人として日々を送る——ここまでは他作品も触れます。本作が違うのは、この「まだ仕官していない時間」を飛ばさないところです。誰に仕えるのか、そもそも仕えるべきなのか。迷い続ける青年として孔明が描かれるので、劉備との出会いが名場面ではなく、長い助走の到達点として立ち上がってきます。※諸説あり
少女漫画のレーベルから出ていることもあって、戦の派手さより人の気持ちの動きを丁寧に追うのが持ち味です。結末まで読むと、「五丈原に散った天才軍師」という教科書の一行が、まるで違う手触りで見えてきます。私は最終盤を読んだあと、しばらく本を閉じられませんでした。
現代の私たちへ——この四作が「効く」場面
第一に、情報が無いことと、何も無かったことは別だということ。四作の主人公は全員、記録に残らない時間を長く生きています。前任者の資料が見つからない、なぜこの仕様になったのか誰も知らない——そんなとき「経緯は無かった」と結論する前に、記録に残らない側の事情を一度想像してみる価値があります。判断の質はそこで変わります。
第二に、有名になるほど実像は見えなくなるということ。孔明は伝説に覆われ、義経は死後に俗説が生えました。社内で評判が独り歩きしている人や案件にも、同じことが起きています。評判を確かめにいくのではなく、評判の手前にあった時間を聞きにいくと、たいてい話が早くなります。
第三に、空白は埋め方に人柄が出るということ。同じ「わからない」に対して、岩明均さんは出自の喪失を、ハロルド作石さんは共作を、瀬下猛さんは経済を、諏訪緑さんは迷いを置きました。答えの無い問いに何を置くかは、そのままその人の仕事観です。自分は空白に何を置く人間なのか——四作を続けて読むと、それを考えさせられます。
まずは無料・低ハードルで試すなら
四作とも巻数のある長編なので、「合うかどうかを確かめるためだけに全巻そろえる」のはさすがに重いと思います。読み放題や聴き放題の初回無料で、対象になっている巻から入るのが手軽です。歴史まんが・歴史小説は対象作品が入れ替わるので、いま何が読めるかを覗いてみるだけでも判断材料になります。
あなたはどれから読むべきか
頭で戦う話が好きな方は『ヒストリエ』。ただし連載中の作品なので、結末まで一気に読みたい方には向きません。創作の現場ものとして読みたい方は『7人のシェイクスピア』。第一部6巻できれいに区切りがつくので、そこで判断すれば十分です。合戦より経済と交渉が読みたい方は『ハーン ‐草と鉄と羊‐』。全12巻で完結しているので総額も読めます。
四作のどれか一作で迷ったら、『諸葛孔明 時の地平線』からどうぞ。三国志という広く知られた土俵の上で「空白を埋める」という体験ができるので、埋められた部分と自分がもともと知っていた部分の差が、いちばんはっきり見えます。文庫版なら全8巻に収まり、1巻あたりの負担も軽い選択です。
『諸葛孔明 時の地平線』を読む
四作を並べて見えたこと
出自の不明、消えた数年、生えた俗説、大きすぎる伝説。空白の種類が違えば、そこに置かれるものも変わります。四作を続けて読んで思ったのは、歴史まんがの本当の見どころは「調べたこと」ではなく「調べても分からなかった場所での選択」のほうにあるということでした。個人的な推しは『ハーン ‐草と鉄と羊‐』です。俗説を出発点にしながら、俗説を証明しにいかない。その距離の取り方がいちばん誠実で、いちばん物語として強いと感じました。
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