幕末の小説をひととおり読んだつもりでいて、長いあいだ手をつけていなかったのが司馬遼太郎さんの『峠』でした。理由ははっきりしていて、主人公の河井継之助という名前に、勝ち負けのどちらの物語なのか見当がつかなかったからです。薩摩でも長州でもない。幕府側と言い切るのも少し違う。読む前に立てる見取り図が、うまく描けませんでした。
先日ようやく上中下の三巻を通しで読み、読み終えて最初に思ったのは、これは戦争の物語というより「交渉が決裂するまでの物語」だったということでした。この記事では、どんな小説なのか、どこで私が詰まってどこから進んだのか、そしていま買うならどの版がいくらなのかを順に書いていきます。価格はすべて2026年8月22日時点の表示です。
迷ったら、電子の合本版から。上中下が一つにまとまっているので、途中で巻を買い足す手間がありません。長編に慣れていない方ほど、切れ目のない形で読むほうが最後まで届きます。
『峠』はどんな小説か
『峠』は司馬遼太郎さんの長編小説で、1960年代後半に新聞連載として発表され、その後に単行本になりました。いま広く読まれているのは新潮文庫の上中下三巻です。主人公は越後長岡藩の家老、河井継之助。幕末の越後、いまの新潟県長岡市が舞台の中心になります。
物語の芯にあるのは、戊辰の戦火が北へ広がっていく時期に、長岡藩がどちらにつくのかという一点です。継之助が構想したのは、記録によればどちらにも属さない立場を保つという道でした。そのために武装を整え、そのうえで戦わずに済ませようとした——この順番が、読み進めるうえでいちばん大事なところだと思います。
河井継之助という人
継之助は1827年に長岡で生まれたとされます。若いころに江戸へ出て学び、のちに備中松山(いまの岡山県高梁市)の山田方谷のもとへ通いました。方谷は財政を立て直した実務家として知られた人で、継之助が学んだのは思想というより、藩の帳簿をどう動かすかという技術に近いものでした。
藩政に加わってからの継之助は、身分の壁を越えて人を使い、産物の扱いを変え、藩の借金を整理していきます。小説の前半がおもしろいのは、この地味な作業がずっと続くからです。剣で名を上げた人ではなく、数字で藩を立て直した人の話として読むと、幕末ものの中でもかなり手ざわりが違います。
私が詰まったところと、進みはじめたところ
正直に書くと、上巻のなかばで一度止まりました。継之助が各地を歩いて人に会い、書物を買い、また歩く場面が続きます。事件らしい事件が起きないので、「この人はいつ何かを始めるのだろう」と思いながらページをめくっていたのが、私の上巻でした。
流れが変わったのは、藩の財政に手を入れる場面からです。誰の反発を買い、どこで折れず、どこで折れたのかが具体的に書かれていて、そこから急に人物の輪郭が立ちました。上巻を「助走」と割り切って読めば、中巻からの加速は相当なものです。もし途中で止まっている方がいたら、財政改革の章まで我慢して進んでみてください。
三巻のどこで何が動くか
上巻|学ぶ人としての継之助
江戸と備中松山での学び、そして各地を歩く旅が中心です。長岡へ戻るまでの助走にあたります。
中巻|藩を動かす人としての継之助
藩政の改革と、時代が北へ傾いていく気配。交渉の準備が整っていく巻です。
下巻|決裂と、その後
小千谷での談判と、北越の戦い。結末に触れるので詳しくは書きませんが、読者が長く記憶に残すのは、たぶん戦の場面ではなく、話し合いが終わってしまう一瞬のほうです。八十里越を越えていく最後の道行きについては諸説あり、小説は小説として読むのが良いと思います。
いくらから読み始められるか
紙の新潮文庫を三冊そろえると、上935円・中1,045円・下880円で合計2,860円です。電子の合本版も2,860円で、金額としては同じでした。差が出るのは金額ではなく、買い足しの手間と持ち歩きやすさのほうです。まとめ買い向けの三巻セットは3,353円の表示でした。
上巻だけを935円で試して、合えば中下を足す。これがいちばん損の少ない入り方だと思います。長編に慣れている方は、はじめから合本版でかまいません。
お得に読む
紙で読みたい方は楽天の商品ページからも買えます。電子の合本版は、端末に一冊だけ入れておけるのが利点です。
まず一冊だけ試したい場合は、読み放題や聴き放題の初回無料を使う手もあります。対象作品は時期によって入れ替わるので、開いてから確かめてください。
現代の私たちへ。継之助がやろうとしたのは、力を持ったうえで使わずに済ませる、という難しい設計でした。実際にはその設計は保たず、長岡は焼けます。それでも、準備を整えることと、整えた力を振るうことは別だという一点は、いまの仕事にもそのまま置き換えられます。交渉が決裂するのは、たいてい力の差ではなく、相手にこちらの前提が伝わっていないときです。
読み終えたあとに残るもの
読み終えて数日、私の頭に残っていたのは合戦ではなく、談判の席の描写でした。用意してきた言葉が、相手にひとつも届かないまま終わる。あの数十分をどう読むかで、この小説の印象はまるごと変わります。
幕末ものを何冊か読んで、勝った側の物語に少し飽きてきた方に向く一作だと思います。勝ち負けの外側に立とうとして、立ちきれなかった人の記録として読むと、三巻の長さがちょうど必要な長さに感じられました。


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