会津若松 歴史さんぽ|鶴ヶ城と飯盛山を歩く前に読む3冊を比べる

歴史さんぽ

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会津若松は、歴史の本を読んでから歩くと、歩いた後にもう一度読みたくなる街です。鶴ヶ城の石垣を実際に見上げてから『会津士魂』を開くと、同じ文章の意味が変わります。この記事は、私が実際に会津を歩いて、その前後に読んだ3冊を並べて比べたものです。どれか1冊に決められる状態まで持っていくのが目的です。

初夏の鶴ヶ城天守(会津若松市)
初夏の鶴ヶ城。赤瓦の天守は2011年の葺き替えで幕末当時の姿に戻された(写真:PIXTA)

先に結論だけ知りたい方へ。会津がはじめてなら、新書1冊から入るのがいちばん失敗しません。

星亮一『会津落城 戊辰戦争最大の悲劇』(中公新書・792円)

鶴ヶ城|一か月落ちなかった城を、下から見上げる

鶴ヶ城(若松城)に着いて最初に驚いたのは、天守そのものより石垣の高さでした。慶応4年(1868年)の会津戦争で、この城は約1か月にわたる籠城戦に耐えています。新政府軍の砲撃を受け続けながら落城せず、最終的には開城という形で終わりました。「落とされた城」ではなく「落ちなかったのに開けた城」だという事実は、現地に立つと重さが変わります。

いま建っている天守は1965年の再建で、2011年に瓦が赤瓦へ葺き替えられました。幕末当時の色に戻したもので、日本でここだけの赤瓦天守です。私は北出丸から入りましたが、道が直角に折れる構造をそのまま歩けるので、籠城戦の記述が急に立体的になります。本で「大手門から攻めあぐねた」と読んでいた場所を、自分の足で曲がることになるからです。

新緑に囲まれた鶴ヶ城の石垣と輪郭
新緑の季節の鶴ヶ城。高石垣と堀の輪郭が、籠城戦の縮尺を教えてくれる(写真:PIXTA)

飯盛山とさざえ堂|白虎隊が振り返った方角に立つ

飯盛山のさざえ堂(旧正宗寺三匝堂)
飯盛山のさざえ堂(旧正宗寺三匝堂・1796年建立)。上りと下りが交わらない二重らせん構造(写真:PIXTA)

飯盛山は、鶴ヶ城から北東におよそ2キロ。白虎隊士中二番隊の少年たちが自刃した場所として知られます。とはいえ、現地に立って分かるのは距離感です。城まで直線で見通せる。彼らが見たとされる光景が「城下の火」だったのか「落城」だったのかには諸説あり、記録によれば城そのものはまだ落ちていませんでした。その事実を知ったうえで同じ方角を向くと、伝説としてではなく判断の話として読めるようになります。

同じ山の中腹に立つさざえ堂(旧正宗寺三匝堂)は、寛政8年(1796年)建立の木造六角三層。上る人と下りる人がすれ違わない二重らせん構造で、国の重要文化財です。戊辰の話とは直接つながりませんが、江戸後期の会津がどれだけ豊かで、どれだけ独自だったかが建物ひとつで伝わってきます。

歩く前に読む3冊を、実際に読み比べた

会津を扱った本は多いのですが、性格がまったく違います。私が実際に読んだ3冊を、目的別に並べます。

形式・分量価格こんな人に
星亮一『会津落城』中公新書・1冊792円はじめての1冊。何が起きたかを最短で押さえたい
司馬遼太郎『王城の護衛者』講談社文庫・短編集935円「なぜ会津だったのか」を松平容保の側から知りたい
早乙女貢『会津士魂』集英社文庫・全13巻合本版7,106円/1巻755円物語として浸りたい。旅の前後に長く付き合いたい

初めての1冊なら『会津落城』(中公新書)

迷ったらこれです。新書1冊で、会津藩がなぜ京都守護職を引き受け、なぜ朝敵とされ、籠城の1か月に何が起きたかまでが通しで入ります。私は行きの新幹線で読み切りました。現地で「ここが北出丸か」と分かる状態を作るのに、いちばん費用対効果が高い。

「なぜ会津だったのか」を掴むなら『王城の護衛者』

司馬遼太郎さんの短編集で、表題作が松平容保を扱っています。会津戦争そのものより、その手前――京都守護職を引き受けてしまう判断の部分に紙幅が割かれます。読み終えて鶴ヶ城に立つと、城が「守った場所」ではなく「引き受けた結果」に見えてきます。短編なので、旅の前日でも間に合います。

長く浸りたいなら『会津士魂』(全13巻)

早乙女貢さんの大長編です。正直に書くと、旅の前に13巻は読めません。私は帰ってから読み始めました。これは「歩く前に読む本」ではなく「歩いた後に読む本」です。現地の地名と地形が頭に入った状態で読むと、進みが段違いに速くなります。1巻だけ試して合えば合本版へ、という順番が現実的でした。

私が実際にやった順番

行きの車内で『会津落城』を読み、鶴ヶ城→飯盛山→さざえ堂の順に半日で歩き、帰ってから『王城の護衛者』、そのあと『会津士魂』の1巻。この順で正解だったと思っています。逆にやってしまった失敗は、現地で本を読もうとしたことです。城の中でスマホを開いても、頭に入りません。読むのは移動中、現地では見ることに専念する。会津はそれだけの情報量がある街でした。

現代の私たちへ

会津が引き受けた京都守護職は、断ることもできた役目でした。引き受けたのは、藩祖・保科正之の遺訓という「これまでの筋」があったからだと言われます。合理では降りたほうがよかった場面で、筋のほうを取る。その判断が正しかったかどうかは、いまも議論が分かれます。ただ、組織の判断を「損得」だけで決められないことがあるのは、150年たっても変わっていないように思います。

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