愛媛県新居浜市の山を車で登っていくと、標高七百五十メートルほどの平地に、城壁のような石積みが現れます。別子銅山の東平(とうなる)、鉱石をためておいた貯鉱庫の跡です。眼下には新居浜の街と瀬戸内海が広がり、振り返れば緑に埋もれた遺構が段々に積み上がっている。「東洋のマチュピチュ」と呼ばれているのは、この景色です。
この記事は、東平へ行く前に読む本を三冊、目的別に比べるものです。先に結論を書くと、物語で入るなら『別子太平記』、決断の話として読むなら『住友を破壊した男』、現地で開くなら『廃坑浪漫紀行』。選ぶ基準は値段ではなく、山で何を見たいかでした。

二八三年、ひとつの家が掘り続けた山
別子銅山が開かれたのは元禄四年(一六九一年)です。閉山したのが一九七三年(昭和四十八年)ですから、掘られていた期間は二百八十三年。しかもこの間、経営はずっと住友家の手にありました。日本三大銅山のひとつに数えられ、総産銅量は約六十五万トン、国内では佐渡や足尾と並ぶ規模です。
数字を並べてもぴんと来ないかもしれません。言い換えると、徳川綱吉の時代に掘り始めた穴を、高度経済成長が終わるころまで掘り続けたということです。江戸の町人が使った銅銭も、明治の軍艦の部品も、昭和の電線も、元をたどれば同じ山から出ています。
そして掘り続けたということは、その間ずっと、山と里に負担をかけ続けたということでもあります。この記事で読む三冊は、どれもその両面を扱っています。
東平が「別子の真ん中」だった十四年間
いま観光で登る東平は、ずっと中心だったわけではありません。記録によれば、採鉱本部が東延から東平へ移ったのが一九一六年(大正五年)一月、そこから端出場(はでば)へ移るのが一九三〇年(昭和五年)五月です。つまり東平が別子の本部だったのは十四年ほどで、その後も坑として使われ、一九六八年(昭和四十三年)三月に休止して人が引き上げました。
短い期間に、ここには学校も病院も劇場もある町ができていました。最盛期には数千人が山の上で暮らしていたといわれます。いま残っているのは、その町を支えた土木構造物だけです。索道(ロープウェイのような輸送設備)の基地跡に立つと、ここから鉱石を谷底へ下ろしていたのだと分かります。

煙が里を覆ったとき、誰が何を決めたか
別子を語るときに避けて通れないのが煙害です。新居浜の製錬所から出る煙が周囲の農地を痛め、明治二十年代の半ばには農民が県庁へ直訴する騒ぎになりました。当時「東の足尾、西の別子」と並べて語られたと伝えられます。
この問題に向き合ったのが伊庭貞剛(いばていごう)という人物です。一八九四年(明治二十七年)に新居浜へ入り、製錬所を沖合の四阪島(しさかじま)へ移すという案を進めました。さらに、掘るために木を伐って荒れた西赤石山系へ大規模な植林を行っています。本人の言葉として「別子全山を旧のあおあおとした姿にしてこれを大自然にかえさねばならない」が伝わっています。
ただし、これで煙害が終わったわけではありません。海上へ移したことで煙が別の形で広がったとも言われ、解決までにはさらに長い時間がかかりました。誰が正しく、誰が悪かったのかという評価は、いまも研究と立場によって幅があります。※諸説あります。この記事では、決めた人がいて、決め切れなかったことも残ったという事実の置き方にとどめます。
歩く前に読む三冊を、目的別に比べる
同じ山の話でも、本によって見えるものがまったく違います。実際に読んでみて、こう分かれました。
| 本 | 何が主題か | 向いている人 | 値段のめやす |
|---|---|---|---|
| 『別子太平記』上・下 | 開坑から近代までを人の物語で通す | はじめての一冊にしたい人 | 文庫 各七七〇円/電子 各七五五円 |
| 『住友を破壊した男』 | 煙害に向き合った伊庭貞剛の決断 | 経営や判断の話として読みたい人 | 文庫 九九〇円/電子 七六五円 |
| 『廃坑浪漫紀行』 | 産業遺産そのものを写真で見る | 現地で開きたい人 | 電子 三〇〇円 |
①『別子太平記』上・下(井川香四郎)=物語で二八三年を通す
徳間文庫の上下巻です。別子を舞台にした小説で、掘る人・運ぶ人・差配する人がそれぞれの事情で動きます。歴史書のように年表を追うのではなく、人の都合で山が動いていく書き方なので、予備知識がなくても入れます。東平へ登る前日の夜に読むならこれでした。上下そろえると文庫で一五四〇円です。
電子版の表示は本稿執筆時点で「0円 または 七五五円で購入」でした。読み放題の対象に入っていると、条件が合えば費用はかかりません(対象作品は入れ替わるので、申し込み前にリンク先でご確認ください)。
②江上剛『住友を破壊した男』=一人の決断として読む
題名はぎょっとしますが、「壊した」のは山ではなく、それまでのやり方のほうです。伊庭貞剛を主人公に、煙害にどう向き合い、製錬所を島へ移すという大きな費用のかかる判断をどう通したかが描かれます。文庫九九〇円、電子七六五円。
①と比べると、読み終わったあとに残るものが違います。①は「この山で人がどう生きたか」、②は「この山で人が何を決めたか」。東平の石積みを見ても何も感じなかった、という人は②から入ったほうが刺さるはずです。私は②を先に読んでしまい、現地で「ここで働いた人の顔」が浮かばず、帰ってから①を読み直しました。順番としては①→②をおすすめします。
③神崎暁『廃坑浪漫紀行』=現地で開く一冊
明延鉱山・生野銀山・別子銅山・神子畑選鉱場跡・軍艦島を写真で回る電子書籍です。三〇〇円。本稿執筆時点の表示は「0円 または 三〇〇円で購入」で、こちらも読み放題の対象に入っていました(都度ご確認ください)。
読み物としては軽いのですが、遺構の形を目に入れてから現地に立つと、見える量が増えます。石積みが貯鉱庫なのか索道の基地なのかを知っているかどうかで、同じ石の壁が別のものに見える。端末を持って登れるので、三冊のうち唯一「現地で開く用」として選びました。
もう一段深く知りたくなったら
閉山したあとの新居浜に何が起きたかを追った『ドキュメント住友城下町混沌 別子銅山300年の宴のあと』(結城三郎)という単行本もあります。二一四六円。※在庫が薄く、発送まで数日かかることがあります。三冊を読んで「で、そのあと町はどうなったのか」が気になった人だけで十分です。

読み放題を試すなら
上で触れた二冊は、本稿執筆時点では読み放題の対象として表示されていました。初回無料のあいだに読んでしまえば費用はかかりません(対象作品は時期により入れ替わるため、申し込み前に対象かどうかをご確認ください)。耳で聞きたい場合は聴き放題の初回無料もあります。
現代の私たちへ
東平でいちばん不思議なのは、遺構の上に木が生えていることです。石積みは人が積んだもので、その隙間から出た木は人が植えたものの子孫にあたります。掘った人と、植えた人が、同じ会社の同じ現場にいました。
伊庭貞剛の判断は、短期で見れば巨額の支出で、しかも成果が自分の在任中には出ないものでした。それでも彼は移転と植林を決めています。いまの言葉でいえば、回収が自分の代に来ない投資です。
私たちの仕事でも、効果が自分の任期に出ない手当ては後回しにされがちです。別子の山は、後回しにしなかった場合に何が残るかを、百年かけて見せています。緑は、決算書には載らない成果の形です。
結論:どれを一冊持っていくか
迷ったときの決め方はこうです。
- はじめて行く・予備知識なし → 『別子太平記』上(七七〇円)。人の名前で山を覚えられます。
- 仕事の判断の話として読みたい → 『住友を破壊した男』(文庫九九〇円/電子七六五円)。
- すでに産業遺産が好き・現地で開きたい → 『廃坑浪漫紀行』(電子三〇〇円)。
三冊すべてをそろえても、紙と電子を混ぜれば二千円台です。ただ、全部読んでから行く必要はありません。一冊決めて、残りは帰ってからでも遅くない場所でした。
歩くときの実務メモ
東平は山の上にあり、道が細いので、端出場のマイントピア別子からガイド付きの観光バスを使うのが安心です。運行の有無と時間は時期で変わるため、出発前に新居浜市や施設の案内で確認してください。歩く場所は未舗装と階段が混ざるので、靴は歩きやすいものを。山の上は里より気温が下がります。
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