青森県の奥入瀬渓流を歩いていると、途中で急に人が立ち止まる場所があります。石ヶ戸です。大きな一枚岩に桂の木が寄りかかって、天然の屋根のようになっている。ここに女盗賊が住んでいたという伝説が残っています。※諸説あり。ただ、この渓流を歩いて面白くなるかどうかは、そういう伝説を知っているかより、「陸奥(みちのく)という土地が、どれだけ長いあいだ中央と別の理屈で動いていたか」を知っているかで決まると私は思っています。この記事では、歩く前に読んでおきたい3作を同じ軸で比べて、あなたがどれから読むべきかまで決めます。
先に結論。1冊だけ選ぶなら『火怨』です。上下2冊で完結し、みちのくがなぜ中央と戦ったのかという、いちばん根っこの問いに答えてくれます。
Amazonで高橋克彦『火怨 上 北の燿星アテルイ』を見る楽天ブックスで『火怨 上 北の燿星アテルイ』を見る奥入瀬渓流と十和田湖に、どんな歴史があるのか

石ヶ戸——「戸」は小屋のことでした
石ヶ戸の「戸」は、この地方の言葉で小屋を意味すると伝えられています。つまり石の小屋。ここに鬼神のお松と呼ばれた女盗賊が住み、旅人を襲ったという話が残っています。※諸説あり。私が現地で面白いと思ったのは、伝説の真偽そのものよりも、近世に入っても「ここは旅人が消える道だった」と語り継がれていたという事実のほうでした。十和田湖と八戸方面を結ぶこの谷は、長いあいだ人が気軽に通る道ではなかったのです。

銚子大滝と、魚のいなかった十和田湖
銚子大滝は奥入瀬本流にかかる唯一の滝です。この落差があるために魚が十和田湖まで遡上できず、湖には長く魚がいなかったと言われています。明治末から大正にかけて和井内貞行がヒメマスの養殖に取り組み、ようやく魚がいる湖になりました。記録によれば、その道のりは失敗の連続だったそうです。「今そこにある自然の風景」が、実はかなり新しい人為の結果である——歴史さんぽで私がいちばん好きな種類の裏切りが、この滝の前にあります。

十和田湖を世に出したのは、明治の文人でした
十和田湖には南祖坊と八郎太郎という二匹の龍の伝説が伝わり、湖畔の十和田神社は古くからの信仰の場でした。ただ、この湖が全国に知られるようになったのは明治末以降で、紀行文で紹介した大町桂月の役割が大きかったとされています。※諸説あり。それまでは、ここは南部藩の奥にある、人の入らない山中でした。
歩く前に読む3作を、同じ軸で比べます
陸奥を舞台にした歴史小説はいくつもありますが、この土地を「中央から見た辺境」ではなく「そこに住む側の理屈」で書いた作家として、高橋克彦は外せません。ここでは代表作3つを、①どの時代を扱うか ②読む分量 ③奥入瀬から近いかという3軸で並べます。
『火怨 北の燿星アテルイ』——なぜ蝦夷は戦ったのか(8世紀・全2冊)
8世紀末、胆沢(現在の岩手県奥州市あたり)を拠点にした蝦夷の指導者アテルイと、朝廷軍を率いた坂上田村麻呂の戦いを描きます。上下2冊で読み切れて、3作のなかでいちばん構造が単純です。中央が「まつろわぬ民」と呼んだ側にも、税を取られない自由な暮らしを守るという明確な理由があった——その一点が最後まで揺れません。みちのくを初めて読む人には、まずこれをすすめます。奥入瀬から胆沢は車で2時間ほどと少し離れますが、「東北はいつから日本だったのか」という前提が変わるので、どの史跡を歩いても見え方が変わります。
Amazonで『火怨』上下合本版(Kindle)を見る『炎立つ』——奥州藤原氏はなぜ滅んだのか(11〜12世紀・全5冊)
前九年の役から奥州藤原氏四代の滅亡までを、5冊かけて追います。3作でいちばん長く、人物も多い。そのぶん、平泉の金色堂を見たときの感想がまるく変わります。平泉まで足を延ばす予定がある人だけ、先にこれを読んでください。逆に言えば、奥入瀬・十和田だけを歩く旅なら、5冊は重すぎます。順番としては『火怨』のあとに置くのがちょうどよく、蝦夷が武士になっていく流れが一本につながります。
Amazonで『炎立つ 壱 北の埋み火』を見る『天を衝く』——最後まで抗った九戸政実(16世紀・全3冊)
1591年、豊臣秀吉の天下統一に最後まで従わなかった南部の武将・九戸政実の戦いを描きます。舞台の九戸城は岩手県二戸市で、3作のなかで奥入瀬からいちばん近い(車でおよそ1時間半)。天下統一を「達成された偉業」ではなく「最後の一角を潰した作業」として北から見る視点は、教科書の順番で歴史を覚えた人ほど効きます。全3冊で分量も中間なので、この旅の延長でもう1か所歩きたい人にはこれが最適です。
Amazonで『天を衝く(1)』講談社文庫を見る結局、あなたはどれから読むべきか
迷ったときの分岐はこうです。みちのくの歴史小説が初めてなら『火怨』——2冊で完結し、以降の2作の前提になります。奥入瀬・十和田の旅にもう1か所足すなら『天を衝く』——九戸城が最も近く、3冊で収まります。平泉まで行くと決めているなら『炎立つ』——5冊は重いですが、金色堂の前で立ち尽くす時間が長くなります。3作とも同じ作家なので、1冊読んで文体が合えば残り2作も外しません。合わなければ1冊でやめられる、というのがこの並びの良いところです。
現代の私たちへ
奥入瀬を歩くと、この谷が「昔から美しい観光地だった」ように感じます。でも実際には、長く人の入らない山中で、魚もいない湖で、世に知られたのは明治の終わりでした。今あたりまえに見えている風景のほとんどは、誰かが遅れて手を入れた結果です。仕事でも同じで、うまく回っている仕組みほど「最初からこうだった」と誤解されます。石ヶ戸の前で伝説だけを読んで帰るか、誰がこの道を通れるようにしたのかまで見て帰るか。その差は、たぶん本一冊ぶんです。
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