平安時代の物語というと、どうしても『源氏物語』の系統を思い浮かべます。ところが書店の文庫棚には、同じ平安を舞台にしながら、主人公が結婚をいやがって逃げ回るという、まるで正反対の作品が長く並び続けています。氷室冴子さんの『なんて素敵にジャパネスク』です。
一九八〇年代にコバルト文庫から出た小説で、いまも電子版と復刻版が現役です。漫画版も別の出版社から出ていて、しかも文庫版・コミックス版・愛蔵版と形がいくつもあります。どれを手に取ればいいのか迷いやすい作品なので、ここでは物語の中身と、小説と漫画のどちらから入るのがよいかを、初読の楽しみを削がない範囲で書きます。
迷ったら、この一冊から
原作小説の第一巻、『なんて素敵にジャパネスク』(集英社コバルト文庫)が入口です。会話が軽いので、平安ものを読んだことがなくても一晩で終わります。
『なんて素敵にジャパネスク』とはどんな物語か
主人公は瑠璃姫という貴族の娘です。年ごろになり、まわりは当然のように結婚の話を進めますが、本人にその気がまったくありません。相手は幼なじみの高彬(たかあきら)で、悪い人ではない。むしろ誠実すぎるほど誠実です。それでも瑠璃姫は「まだ嫌だ」と言い張り、そのたびに事件が起きて話がややこしくなっていきます。
面白いのは、逃げる理由が恋愛のもつれではないところです。当時の結婚は家と家の取り決めで、姫本人の意思はほとんど勘定に入っていません。瑠璃姫が抵抗しているのは相手ではなく、その仕組みのほうなのです。だから読んでいて、恋愛小説というより、狭い世界で自分の持ち分を広げようとする人の話に見えてきます。
語り口は徹底して軽やかです。地の文にも会話にも現代語の呼吸があり、平安ものにありがちな敷居の高さがありません。平安時代を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドで紹介している作品群のなかでも、いちばん最初に渡しやすい一冊だと思っています。
あらすじ——結婚から逃げる姫と、逃がさない世間
正編:縁談から始まる騒動
物語は、瑠璃姫に高彬との縁談が持ち上がるところから動きます。姫は乗り気ではなく、あれこれと理由をつけて先延ばしにしようとします。そこへ都で起きた事件が絡み、姫は屋敷の中に閉じこもっていられなくなります。行動力だけは人並み外れているので、自分で調べに出てしまうのです。
この「出てしまう」ところが物語の推進力になっています。当時の姫は本来ほとんど外へ出ませんから、出た瞬間に周囲が慌てる。その慌てぶりが可笑しく、同時に、当時の女性がどれだけ動きを制限されていたかも透けて見えます。
人妻編から炎上編へ:舞台が宮廷に移る
続巻では舞台が広がります。個人の縁談だった話に、宮廷の力関係や後宮の事情が重なってきて、瑠璃姫が巻き込まれる相手の格が上がっていきます。電子版のコバルト文庫では(一)から(八)までが並び、そのあとに外伝の『ジャパネスク・アンコール!』が続きます。副題を見ると、人妻編・陰謀編・後宮編・逆襲編・炎上編と、だんだん物騒になっていくのが分かります。
ただ、話が大きくなっても主人公の態度は変わりません。権力の中枢に近づいても、瑠璃姫はやはり自分の言い分を通そうとします。そこがこのシリーズの背骨で、長く読み継がれている理由でもあると感じます。
読みどころ——一人称で読んだ実感から
会話のテンポが速い
私が最初に驚いたのは、ページをめくる速度でした。説明の地の文が短く、状況の大半が会話で進みます。平安ものは固有名詞と官職名で減速しがちですが、この作品は必要な情報を会話の中で流し込んでくるので、止まらずに読めます。文庫一冊が体感で半分くらいの厚みに感じました。
笑っているうちに時代が入ってくる
もうひとつは、読み終えたあとで平安の暮らしがなんとなく身についていたことです。牛車での移動、垣間見、女房たちの取り次ぎ、方違え。どれも解説として出てこず、騒動の道具として出てきます。だから覚えようとしなくても残る。大和和紀『あさきゆめみし』のような正統派の王朝ものを読む前の助走としても、よく効きました。
小説と漫画、どちらから読むか
この作品は山内直実さんによる漫画版があり、こちらも根強い人気があります。ただ、版がいくつもあるので整理しておきます。
原作小説(集英社コバルト文庫)
文章のテンポそのものが作品の魅力なので、最初の一冊は原作をおすすめします。瑠璃姫の言い分は地の文の勢いと一体になっていて、そこが削られると別の作品になります。電子版は一冊あたり五百円台からで、紙は続きの巻も含めて復刻版が出ています。
漫画版(白泉社)
絵で入りたい方、あるいは平安の装束や屋敷の造りを目で見たい方は漫画版が向いています。冊数のまとまり方が版によって違うので、そこだけ注意してください。白泉社文庫版の第一巻は正編を六冊にまとめた形で、まとめ買いなら全六巻の完結セットがあります。一方、花とゆめコミックス版は正編・人妻編ともに十一巻ずつという構成で、同じ話でも冊数が倍近く違います。
結論:小説→漫画の順が読み比べとして面白い
先に原作を読んでから漫画版を開くと、会話の取捨選択と表情の付け方の違いが見えて二度楽しめます。逆順でも問題はありませんが、原作の速度を先に体験しておくほうが、この作品の特徴がはっきりします。さいとうちほ『とりかえ・ばや』のように、王朝の枠組みを内側からずらす作品が好きな方なら、どちらの版でも合うはずです。
こんな人におすすめ
- 平安ものを読みたいが、『源氏物語』系の重さで挫折した経験がある方
- 歴史の知識ゼロから、笑いながら時代の空気に慣れたい方
- 岡野玲子『陰陽師』や灰原薬『応天の門』で平安京に興味を持ち、次の一作を探している方
- 主人公が状況に流されず、自分の言い分を最後まで手放さない話が好きな方
まず無料の枠で試してみる
シリーズものは冊数がかさむので、読み放題や聴き放題の対象になっているかを先に確認すると総額が変わります。対象作品は入れ替わるため、そのつどご確認ください。
まとめ
『なんて素敵にジャパネスク』は、平安という遠い時代を、笑いと速い会話で手前に引き寄せてくれる作品です。入口としては原作小説の第一巻、絵から入りたければ白泉社文庫版の第一巻。どちらを選んでも、瑠璃姫の言い分の強さは変わりません。
現代の私たちへ
瑠璃姫が抵抗しているのは、結婚そのものではなく「本人の意思が勘定に入っていない決まりかた」のほうです。決まりごとの中身より、決まりかたに違和感を持つ。この感覚は、千年前の宮廷でも、いまの職場や家庭でもそのまま通じます。物語がここまで長く読まれてきたのは、そこが古びていないからだと思います。
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