平安の宮廷に、男として育てられた姫君と、女として育てられた若君の兄妹がいた——さいとうちほ『とりかえ・ばや』全13巻は、平安後期の古典『とりかえばや物語』を下敷きにした少女まんがです。正直に書くと、わたしは読む前にかなり身構えていました。古典の翻案で13巻、しかも入れ替わりもの。設定の面白さだけで持たせる話だったら途中で飽きると思っていたからです。結果から言えば、飽きるどころか4巻あたりから止まらなくなりました。ここでは読む前の不安と、実際に13巻を通してどうだったかを、できるだけ正直に書きます。
迷ったら、この1冊から。この作品は1巻の時点で「合うかどうか」がはっきり出ます。絵柄と語り口が肌に合えば、そのまま13巻走れるタイプです。以下を読み進めなくても、1巻を開けば判定できます。
読む前にいちばん不安だったこと|古典を知らないと置いていかれないか
『とりかえばや物語』は平安時代後期に成立したとされる物語で、原典は現代語訳でも読めます。ただ、原典を読んでいないと楽しめない作品なのではないか——これが最初の不安でした。
結論はまったくの杞憂でした。1巻の冒頭で、権大納言の家に生まれた二人の子——男として振る舞う姉の「とりかえ」と、女として育つ弟——の状況が、説明台詞に頼らずに絵で分かるようになっています。官職名や宮中の作法も、物語の必要なぶんだけその場で示されるので、日本史の知識ゼロでも読めます。むしろ、読み終わってから原典を開くほうが面白い順番でした。
知識ゼロで読める理由——この作品は「宮廷政治の説明」でなく「バレるかバレないか」の緊張で進みます。読者が理解していればいい情報は、誰が何を知っていて、誰が知らないかだけ。ここだけ追えば迷子になりません。
実際に読んでどうだったか|4巻で完全に引き込まれた
1〜3巻はいわば助走です。二人が入れ替わったまま出仕し、それぞれの立場で認められていく。ここまでは「設定の面白さ」の範囲でした。
変わったのは4巻前後です。入れ替わりが「便利な設定」から「降りられない役」へ変わる。周囲の期待が積み上がるほど、本当の自分に戻る道が塞がっていく。わたしがページをめくる速度が上がったのは、まさにここからでした。読んでいて息苦しいのに、目が離せない。身分と性別が固定された時代に、自分の輪郭を自分で決めようとする話だと分かった瞬間に、少女まんがの枠を超えます。
作画も見どころです。さいとうちほは装束の質感と、几帳や御簾ごしの視線を描き分ける人で、「見えない/見られている」という平安の空間感覚がそのまま画面に乗ります。宮中の暗さ、几帳の向こうの気配。この空気は文章だけではなかなか届きません。
合わなかった点も書いておく
手放しでおすすめはしません。ふたつ引っかかりました。
ひとつは中盤の恋愛パートの密度です。関係が複雑に絡み合う巻が続くので、政治劇や合戦を期待して来た人は「思っていた歴史ものと違う」と感じるはずです。これは欠点というよりジャンルの申告漏れで、少女まんがとして読む準備があれば問題ありません。
もうひとつは13巻という長さ。1〜3巻の助走が合わなかった場合、そこで止まる可能性があります。だからこそ、いきなり全巻セットを買うのはおすすめしません。1巻で判定してから残りを進めるのが、この作品のいちばん損のない読み方でした。
結局、13巻を読み切れたか
読み切りました。しかも終盤は一気でした。結末の中身は伏せますが、ひとつだけ言えるのは「元に戻る/戻らない」という単純な二択で終わらないということです。原典の『とりかえばや物語』が最後にどう着地するかを知っている人ほど、この漫画版の到達点は読み応えがあると思います。
読み終わったあとに原典の現代語訳を開くと、同じ話なのに手触りがまるで違うのが分かります。平安の人がこの設定で何を面白がっていたのか、という遠さと近さを同時に味わえる。この往復こそが、古典を下敷きにした作品を読む最大の役得でした。
どこで読むのがいちばん安いか
全13巻・完結済み。判定を1巻で済ませてから続きへ進むのが基本方針です。1巻を試す→合えばセット、合わなければそこで終わり。この順番なら、外したときの損失は1冊ぶんに収まります。
長編を安く読み切るための契約の組み方は、読み放題とレンタルの併用術にまとめました。13巻クラスはまさに併用が効く長さです。
巻数が多い作品は、読み放題のほうが総額を抑えられることがあります。1冊ずつ買い足すか、月額で一気に読み切るかは、残りの巻数で決まります。まず対象作品に入っているかだけ確認してみてください。
現代の私たちへ——この物語がいまも刺さるのは、「与えられた役を演じ続けるうちに、降り方が分からなくなる」という状況が、平安の宮廷に限った話ではないからでしょう。役が上手くいくほど降りにくくなる。降りる勇気より、降りたあとの居場所を先に作っておくこと——千年前の物語が用意していた答えは、思いのほか実務的でした。
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