松本城 歴史さんぽ|武田信玄が奪った深志城を歩く前に読む3冊を、同じ軸で比べる

歴史さんぽ

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松本城の黒い天守を初めて間近で見たとき、「これは見せるための城ではないな」と思いました。装飾がほとんどなく、狭間(さま)と石落としばかりが目につく。現存12天守のひとつで国宝、というだけの城ではありません。ここは武田信玄が信濃を取るために奪った城であり、その前も後も持ち主が何度も入れ替わった場所です。歩く前に何を読んでおくと景色が変わるのか——信濃をめぐる3作品を、同じ軸で比べて1冊に絞れる形にしました。

迷ったら、この1冊から。松本城の「奪われる側/奪う側」を最短で掴めるのは新田次郎『武田信玄』です。信濃侵攻がそのまま物語の背骨になっているので、天守の前に立ったときの解像度がいちばん上がります。以下を読まなくても、この1冊で歩けます。

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夏の青空と松本城天守(長野県松本市)
夏の松本城。黒い下見板張りと白漆喰のコントラストが、水堀に映る(写真=PIXTA)

松本城で何が起きたのか|深志城から松本城へ

いまの松本城の前身は深志城(ふかしじょう)といいます。永正年間、信濃の守護だった小笠原氏が、本拠の林城を守る支城のひとつとして構えたのが始まりと伝わります。

この城が歴史の表に出るのは天文19年(1550年)です。武田信玄が小笠原長時を破って信濃中部を制圧し、深志城を信濃経営の拠点に据えました。つまりここは、武田にとって「攻め取った土地を治めるための城」でした。装飾が少ないのは当然で、実戦と支配のための施設だったのです。

天正10年(1582年)に武田氏が滅びると、小笠原貞慶が旧領を回復し、城の名を松本城と改めます。さらに天正18年(1590年)、石川数正・康長父子が入り、現在に残る大天守と城下町の骨格を整えました。いま見上げている天守は、およそ1590年代の姿ということになります。

ここが見どころ——天守を見上げたら、壁の下のほうに空いた四角と三角の穴(狭間)と、張り出した石落としを数えてみてください。装飾ではなく機能が並んでいるのが分かります。同時に、後の時代に増築された月見櫓だけは開放的で、太平の世に作られたものだと一目で分かる。戦国と江戸が1棟に同居しているのが松本城の面白さです。

松本城の黒門から太鼓門方向を望む
復元された黒門。枡形を折れ曲がって進む構造がそのまま残る(写真=PIXTA)

歩く順番|黒門から入って、埋橋は最後に

おすすめは黒門から入り、本丸御殿跡を抜けて天守、最後に外周へ出て埋橋(うめばし)から眺める順路です。理由は単純で、いちばん絵になる赤い橋と天守の並びを、城の中身を知ったあとに見るためです。先に絶景を見てしまうと、そのあとの狭間や石落としが「おまけ」になってしまいます。

松本城の赤い埋橋と天守(夏)
埋橋と天守。ここは順路の最後に取っておくと効く(写真=PIXTA)

なお公開時間・観覧料・橋の通行可否は時期によって変わります。金額と時間は目安として扱い、出発前に公式の最新情報を確認してください。

読む3冊を、同じ軸で比べる

松本城まわりを描いた作品はいくつもありますが、「誰の視点で信濃を見るか」で読後の景色がまるで変わります。3作を同じ軸で並べます。

① 新田次郎『武田信玄』(文春文庫・全4巻)|奪う側から見る
信濃侵攻を、武田家の内政と外交を含めて追う長編です。深志城を取る前後の判断がそのまま描かれるので、松本城を「武田の拠点」として見たい人には最短。史実寄りで、地味な政治判断の積み重ねを読ませる筆致です。史実の解像度を上げたいならこれ。

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② 井上靖『風林火山』(新潮文庫)|軍師の視点で見る
山本勘助を主人公に、信玄の信濃攻略を一人の異形の軍師の目から描きます。①より短く、物語としての推進力が強い。全4巻は重いという人はここから入るのが現実的です。短時間で世界に入りたいならこれ。ただし勘助像は史料の乏しい人物ゆえの創作部分が大きく、史実そのものとして読むのには向きません

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③ 池波正太郎『真田太平記』(新潮文庫・全12巻)|奪われる側の信濃を見る
舞台は松本ではなく上田ですが、「信濃の小さな勢力が、武田・徳川・豊臣のあいだでどう生き延びたか」を描き切ります。松本城を「大勢力が取り合った土地の一点」として捉え直せる作品です。信濃全体を長く味わいたいならこれ。ただし12巻あるので、旅の前に読み切る本ではありません。

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作品の中身は『真田太平記』全12巻の紹介記事にまとめてあります。

結論:あなたはこっち。「城の前で史実を思い出したい」なら①、「旅までに1冊しか読めない」なら②、「信濃という土地そのものに長く浸りたい」なら③。松本城だけを目当てに行くなら、①を風の巻だけ読んで出発するのがいちばん費用対効果が高い組み合わせでした。

まず無料枠で1冊試す。旅の前に長編を買い切るのは重いので、初回無料の枠で1巻ぶんだけ開いてみるのが安全です。

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現代の私たちへ——松本城が明治に取り壊されかけたとき、動いたのは行政ではなく市川量造や小林有也といった地元の個人でした。競売にかけられた天守を買い戻し、傾いた建物を修理に持ち込んだ。「残す」という判断は、いつも誰かが自腹で先に動いたところから始まっている——黒い天守を見上げるたびに、そこを思い出します。

松本城の前後に読むもの

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