迷ったら、この1冊から:前夜に一冊だけ読むなら、まんが版がいちばん軽く、道中の空気がそのまま入ってきます。
関宿はどこにあるのか

鈴鹿峠の西のふもと、伊勢と近江の境目にあたる場所です。ここは古代に鈴鹿関が置かれた土地で、「関」という地名はそこから来ています。※諸説あります。記録によれば、この関は美濃の不破関、越前の愛発関と並ぶ三つの関の一つに数えられました。
つまり関宿は、江戸時代に宿場として作られた町ではなく、千年以上前から人の流れを止めたり通したりしてきた場所に、あとから宿場が重なった町です。歩いていると道が不自然に曲がる箇所がありますが、そういう地形の理由が分かってくると面白くなります。
町の東の端が東追分、西の端が西追分。それぞれ伊勢へ向かう道と大和へ向かう道が分かれます。関宿は「三本の道が集まる結び目」だった、と考えると全体の形がつかめます。
町並みが残った理由

東海道の宿場は五十三ありましたが、街道沿いの町並みがまとまって残っている場所はほとんどありません。関宿は1984年に重要伝統的建造物群保存地区に選ばれ、いまも二百棟を超える町屋が街道の両側に並んでいます。
私が歩いて驚いたのは、看板や電線が景色から引き算されていることでした。派手に飾った観光地ではなく、暮らしが続いている通りに古い建物がそのまま立っている。だから「江戸の人もこの高さで空を見ていたのか」という感覚が急に近づきます。写真を撮るより、立ち止まる回数が多くなる町です。
同じ街道でも、中山道の宿場を歩いた奈良井宿の歴史さんぽとは印象がかなり違いました。奈良井が山あいの縦に長い町なら、関宿は平地の横に広い町です。軽井沢のように役割が変わっていった宿場とも対照的で、関宿は宿場のかたちのまま時間が止まっています。
関地蔵院と、旅人が手を合わせた場所

町の中ほどにある関地蔵院は、記録によれば奈良時代の天平年間に行基が開いたと伝わります。※諸説あります。日本最古の地蔵菩薩とも言われ、旅の安全を願う人が必ず立ち寄った場所でした。
宿場を歩くときは、寺の位置を先に地図で確かめておくといいと思います。旅人は関所や峠の前後で必ず手を合わせています。寺の場所を起点にすると、町の中心がどこだったのかが見えてきます。関宿の場合、地蔵院の前あたりがいちばん人の密度が高かったはずです。
関所そのものに興味が湧いた方は、同じ東海道の箱根関所の歴史さんぽもあわせてどうぞ。通す側と通される側の関係が、関宿とは逆から見えてきます。
歩く前に読む三冊を、目的別に比べる
同じ『東海道中膝栗毛』を扱う本でも、版によって向き不向きがはっきり分かれます。三冊を役割で並べます。
①前夜に一晩で読みたいなら|まんが版
『東海道中膝栗毛 マンガ日本の古典29』(中公文庫・土田よしこ・858円)。三冊のなかでいちばん軽く、いちばん安い。弥次さんと喜多さんが宿場ごとに失敗を重ねていく話なので、絵で読むと旅のテンポがそのまま体に入ります。歩く前夜に読むならこれ一択でした。
②道中の笑いをきちんと味わうなら|現代語訳
『現代語訳 東海道中膝栗毛(上)』(岩波現代文庫・1,331円)。原文の言葉遊びや駄洒落は、あらすじだけ追っても面白さが残りません。現代語訳は、笑いの理由まで訳してくれるのがいいところです。まんが版より473円高いぶん、読み終わるまでの時間も長くなります。
私はまんが版を先に読んでから現代語訳に入りました。人物の顔が分かっている状態だと、台詞の掛け合いが段違いに速く頭に入ります。順番としてはこれが正解だったと思います。
③宿場の姿を目で確かめたいなら|広重の画集
『広重と歩こう 東海道五十三次』(小学館・2,420円)。三冊でいちばん高く、いちばん現地で役に立ちます。広重が描いた各宿場の絵と、いまの景色を見比べられる構成です。関宿の回を現地で開くと、二百年ぶんの差分がその場で分かります。
ただし荷物になります。歩きながら使うなら、該当ページだけ撮影して持っていくのが現実的でした。
三冊をどう選ぶか
時間がない/前夜に読む → ①まんが版 858円
作品そのものを楽しみたい → ②現代語訳 1,331円
現地で見比べたい → ③広重の画集 2,420円
三冊そろえても4,609円ですが、最初の一冊は①で十分です。歩いてみて興味が続いたら②へ、写真を撮る楽しみが出てきたら③へ、という順番をおすすめします。
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現代の私たちへ
関宿を歩いて残ったのは、この町は通り過ぎるための場所だったという事実でした。誰も住み着くつもりで来ていない。一晩泊まって、朝には次の宿場へ発ってしまう。それでも町はここまで丁寧に作られ、二百年たっても形が残っています。通りすがりの相手に対してどこまで手をかけるか——仕事でも同じ問いにぶつかります。一度きりの相手のために整えたものだけが、いちばん長く残ることがある。格子戸の続く通りを歩きながら、そんなことを考えていました。



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