応仁の乱がはじまったとき、のちに北条早雲と呼ばれる男は、まだ十代の少年でした。ゆうきまさみさんの『新九郎、奔る!』は、その少年——伊勢新九郎盛時が、京都の官僚の家から駿河へ、そして伊豆へと「奔る」までを描いた歴史まんがです。2026年6月に第23巻が刊行され、いまも連載が続いています。
『新九郎、奔る!』とはどんな作品か
小学館『ビッグコミックスピリッツ』で連載中の作品で、作者はゆうきまさみさん。『機動警察パトレイバー』『究極超人あ〜る』で知られる作家が、初めて本格的に取り組んだ歴史まんがです。
主人公の伊勢新九郎盛時は、後世に北条早雲の名で知られる人物。ただし本人が生前に「北条」を名乗った記録はなく、「早雲」も後年に定着した呼び名です。※出自・呼称・生年には諸説あります。
この作品がまず面白いのは、タイトルの主語が「早雲」ではなく「新九郎」であること。伝説になる前の、名前も肩書きもまだ小さい一人の若者から始める——その一点に、作品の姿勢がはっきり出ています。
あらすじ|応仁の乱の京から、駿河・伊豆へ
新九郎が生まれた伊勢氏は、室町幕府の政所執事を代々務めた名門です。つまり彼は素性の知れない浪人ではなく、幕府の中枢を身近に見て育った「役人の家の子」でした。備中荏原荘という所領を持つ分家の生まれで、京と領地を行き来しながら育ちます。
1467年、応仁の乱が起こり、京都は十年にわたって焼け続けます。少年だった新九郎は、その渦中で家の立場を守るために奔走することになります。
やがて姉の伊都が駿河守護・今川義忠に嫁ぎます。ところが義忠が急死し、今川家は家督争いに揺れる。姉と、その子である幼い甥(のちの今川氏親)を守るため、新九郎は東国へ下っていきます。記録によれば、彼はその後、伊豆へ討ち入り、小田原を手に入れ、戦国大名・後北条氏五代の礎を築きました。※伊豆討入りの年次や動機には諸説あります。
物語はまだ「早雲」以前を歩いている途中で、結末は描かれていません。ネタバレを恐れずに読み始められるのは、連載中作品の役得だと思います。
既刊は何巻?最新刊と完結状況
2026年7月時点で既刊23巻、連載中で未完結です。最新の第23巻は2026年6月11日に刊行されました。紙・電子ともに刊行されています。
巻数は多く見えますが、1巻あたりの読みごたえがあるぶん、途中で置いていかれる感じはありません。私は2巻の途中で「この作品は室町の事務仕事を描く気だ」と気づいてから、一気に面白くなりました。
主な登場人物
- 伊勢新九郎盛時:主人公。理屈っぽく、面倒見がよく、そのぶん厄介事を引き受けてしまう青年。
- 伊都(北川殿):新九郎の姉。今川義忠の妻となり、東国の政局の中心に立つ。
- 今川義忠:駿河守護。その死が新九郎の運命を大きく動かす。
- 龍王丸(今川氏親):伊都の子で新九郎の甥。守るべき存在であり、のちの盟友。
- 伊勢貞宗ら一門:幕府の中枢にいる本家の人々。新九郎に「家の論理」を突きつける。
読みどころ1:「素浪人からの下剋上」という早雲像が更新される
北条早雲といえば、長らく「素性の知れない浪人が一代で大名にのし上がった下剋上の象徴」として語られてきました。本作はそのイメージを、否定するのではなくより面白い形に描き直します。彼は幕府の実務を知り尽くしたエリートの家の出であり、だからこそ東国の混乱に「制度」で介入できた——という筋が通るのです。
近年の研究でも早雲=伊勢氏出身という見方が有力になっていますが、それを解説ではなく物語として体感させてくれるのがこの作品の強みです。※学説には諸説あります。
読みどころ2:応仁の乱を、わかりにくいまま描く誠実さ
応仁の乱は「誰が何のために戦っているのか分からない」戦争として有名です。多くの作品はそこを整理して見せますが、本作は当事者にも分からなかった、という手触りをそのまま残します。昨日の味方が今日の敵になり、大義よりも家の都合が優先される。その混乱を混乱のまま描く胆力が、かえって読者の理解を助けます。
読みどころ3:訴訟・年貢・根回し——地味な実務がいちばん面白い
本作でいちばん多く描かれるのは合戦ではなく、所領の年貢をどう取り立てるか、代官とどう交渉するか、幕府にどう訴え出るかという事務仕事です。ゆうきまさみさんらしい軽妙な会話とともに、室町の「働く人たち」が生き生きと動きます。
読み終えて残るのは合戦の絵ではなく、書類と算段の場面でした。歴史まんがでこんな感想を持ったのは初めてです。
現代の私たちへ
新九郎が伊豆を取れたのは、ある日突然大胆になったからではありません。年貢の帳簿を読み、人の顔を覚え、面倒な訴訟を投げ出さずに片づけてきた——その積み重ねが、いざというときに使える手札になっていたからです。
派手な決断はいつも、地味な実務の上にしか立ちません。目の前の雑務が何にもつながっていないように見える日にこそ、この作品は効きます。
こんな人におすすめ
- 戦国時代は好きだが、その「前夜」である室町後期をよく知らない人
- 北条早雲の実像を、解説書ではなく物語で知りたい人
- 合戦より、交渉・制度・組織の駆け引きが好きな人
- 『逃げ上手の若君』で南北朝〜室町に興味を持った人
『新九郎、奔る!』をお得に読む
電子版・紙版ともに刊行されています。まずは1巻で室町の空気と主人公の性格を確かめ、合うと感じたら最新刊まで一気に進むのがおすすめです。
よくある質問
『新九郎、奔る!』は完結していますか?
いいえ。2026年7月時点で既刊23巻、連載中です。最新刊の第23巻は2026年6月11日に刊行されました。
応仁の乱を知らなくても読めますか?
読めます。作中で人物関係と利害が順を追って示されるため、前提知識がなくても追えます。むしろ「分からない」まま巻き込まれる感覚こそが、この時代の実感に近いはずです。
主人公は北条早雲と同じ人物ですか?
はい、のちに北条早雲と呼ばれる人物です。ただし本人が北条姓を用いた記録はなく、作中でも伊勢新九郎盛時として描かれます。※呼称・出自には諸説あります。
巻数が多い作品は、読み放題のほうが総額を抑えられることがあります。1冊ずつ買い足すか、月額で一気に読み切るかは、残りの巻数で決まります。まず対象作品に入っているかだけ確認してみてください。
まとめ
『新九郎、奔る!』は、伝説になる前の北条早雲を、事務と交渉の人として描き直した歴史まんがです。応仁の乱という「わかりにくさの代名詞」に正面から向き合い、室町という時代を、制度と人間関係の側から立ち上げてみせます。既刊23巻・連載中。戦国時代の入り口を、その一歩手前から歩き直したい人にすすめたい一作です。
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