鞆の浦 歴史さんぽ|潮待ちの港を歩く前に読む3冊を比べる(村上海賊の娘・菜の花の沖・竜馬がゆく)

歴史さんぽ

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瀬戸内海のほぼ真ん中、広島県福山市に鞆の浦という小さな港町があります。ここは潮待ちの港と呼ばれてきました。瀬戸内は東西から潮が流れ込んで鞆の沖でぶつかり、また東西へ引いていく。帆で走る船は潮が変わるまで動けないので、ここで待つしかなかった。つまり鞆の浦は「泊まりたい港」ではなく「泊まるしかない港」だったわけです。だからこの港には、戦国の海賊も、江戸の廻船も、幕末の蒸気船も立ち寄っています。歩く前に三冊を読み比べたので、どの時代から入るのがいいかを正直に書きます。

迷ったらこの一冊から。瀬戸内の海そのものが主役で、いちばん勢いよく読めます。

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鞆の浦はどういう港か

鞆の浦のシンボル、港に立つ石造りの常夜燈と瀬戸内海
鞆の浦のシンボルである常夜燈と鞆港(広島県福山市)

港のきわに、太い石の柱のような灯籠が立っています。これが常夜燈で、夜に船が港の口を見失わないための灯りでした。※諸説ありますが、記録によれば江戸後期に建てられたもので、いまも港のかたちがほとんど変わっていないため、当時の船がどこへ着けたのかが目で追えます。

港の遺構がこれだけまとまって残っている場所は多くありません。常夜燈、雁木(船を着ける階段状の岸)、船番所跡、焚場跡、そして波止。船を停める・荷を上げる・修理する・見張る、という港の仕事が一通りそろって現存している、というのがこの町のいちばんの価値です。

だから鞆の浦は「景色を見る場所」というより、港の仕組みを読む場所だと思って歩いたほうが楽しめます。そしてその仕組みは、本を一冊通しておくと一気に見え方が変わります。

ひとつの港に、三つの時代が重なっている

鞆の浦がややこしいのは、有名な出来事が時代ごとに三つ乗っているところです。整理するとこうなります。

戦国=瀬戸内を押さえた村上氏の海の勢力圏。船から通行料を取り、水先案内をし、時には戦いました。江戸=北前船をはじめとする廻船が潮を待つ中継港。幕末=坂本龍馬の乗った船が紀州藩の船と衝突した、いわゆるいろは丸の事件。記録によれば、その後の談判はこの町で行われています。

そして対潮楼。福禅寺の客殿で、朝鮮通信使が滞在した場所として知られます。座敷から見る仙酔島と弁天島の眺めが、日本でいちばん美しいと評された、という逸話が伝わっています(※諸説あります)。

対潮楼の座敷と「日東第一形勝」の扁額、開いた障子の向こうに仙酔島と弁天島
対潮楼の座敷から望む仙酔島と弁天島。掲げられているのが「日東第一形勝」の扁額(広島県福山市)

この四つを全部抱えているせいで、予備知識なしに歩くと情報が渋滞します。逆に言えば、どれか一つの時代に狙いを定めて読んでから行けば、町の見え方が一本の線になる。それが次の三冊の選び方です。

歩く前に読んだ三冊を比べる

比べる観点は三つに絞りました。①予備知識ゼロでも入れるか ②史実寄りか物語寄りか ③短い時間で読めるか。私が実際に読んだ順に書きます。

①和田竜『村上海賊の娘』|戦国の瀬戸内から入る

いちばん最初に読むならこれです。瀬戸内の海賊衆を率いる一族の娘が主人公で、海の上の戦いが延々と続きます。文章が短く、会話が多く、登場人物の感情がはっきりしているので、歴史小説を読み慣れていなくても止まりません。私は一巻の三分の一あたりで完全に引き込まれました。

観点で言えば、①入りやすさは三冊で最高、②は物語寄り(船の描写は綿密ですが、まず読み物として面白く作ってあります)、③は全四巻なので分量はある。ただ読む速度が出るので、体感はいちばん軽いです。

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②司馬遼太郎『菜の花の沖』|江戸の海運から入る

潮待ちの港という言葉の意味を、いちばん深く分かるのがこれです。淡路島の貧しい生まれから身を起こし、北前船で巨大な廻船業者になった高田屋嘉兵衛の物語で、船の構造、積荷、値段、風待ちと潮待ちの実際が、物語の骨としてきちんと書かれています。

観点で言うと、①入りやすさは中くらい(序盤は主人公の不遇が続くので少し我慢が要ります)、②史実寄りは三冊でいちばん強い、③全六巻で分量も最大。ただ、この一冊を通すと常夜燈と雁木の見え方が変わります。私はここを読んでから、港の階段が「階段」ではなく「荷揚げ装置」に見えるようになりました。

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③司馬遼太郎『竜馬がゆく』|幕末の事件から入る

鞆の浦で起きた出来事をピンポイントで追いたいなら、この長編です。全八巻の終盤に、龍馬の船が沈められ、賠償の談判が行われる一連の流れが出てきます。町にはその事件を扱う展示施設もあるので、読んでから行くと展示の一枚一枚が「知っている場面」になります。

観点では、①入りやすさは高い(龍馬という主人公が強いので迷いません)、②は物語寄りで、後世の創作もかなり混ざっていると指摘されています(※諸説あります)、③全八巻で三冊の中では最長。目的が鞆の浦だけなら、無理に全巻を追わなくても構いません。

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結論|目的別にどれを選ぶか

とにかく面白い一冊で港に興味を持ちたいなら①『村上海賊の娘』。常夜燈や雁木の意味まで分かって歩きたいなら②『菜の花の沖』。いろは丸の事件を追いたいなら③『竜馬がゆく』です。三冊とも一巻の値段は800円前後で横並びなので、選ぶ基準は価格ではなく港で何を見たいかだけです。

鞆城跡から見下ろした鞆の浦の町並みと鞆港
鞆城跡から見た鞆町の町並みと鞆港(重要伝統的建造物群保存地区)

歩く順番は、高いところから入るのがおすすめです。鞆城跡のあたりで町と港の位置関係を頭に入れてから、対潮楼で海の向こうを見て、最後に常夜燈まで降りる。この順にすると、本で読んだ「潮待ち」の地形が、そのまま目の前に並びます。

お得に読む

三冊とも一巻から試せます。まとめて読むなら合本版のほうが安く付きます。

まず一冊ぶんの費用を抑えたい方は、初回無料の枠を使う手もあります。対象作品は入れ替わるので、その都度ご確認ください。

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現代の私たちへ

鞆の浦が栄えたのは、港の設備が優れていたからではありませんでした。潮が変わるまで、みんなが必ずここで止まったからです。動けない時間があったからこそ、宿ができ、船を直す場所ができ、情報が集まって町になった。動力船が生まれて「待たなくてよくなった」とき、この港は主役の座を降ります。仕事でも、待ち時間が消える方向にばかり最適化していくと、その待ち時間にだけ生まれていたものが静かに消えていることがあります。止まらされる場所には、止まらされる理由のぶんだけ何かが溜まる。常夜燈の前に立つと、たぶんその話がいちばんよく分かります。

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