湯島聖堂 歴史さんぽ|昌平坂学問所の跡を歩く前に、『論語』の三つの版を読んだ実感で選ぶ

歴史さんぽ

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御茶ノ水の駅から神田川を渡ってすぐ、ビルの谷間に黒い屋根の一角があります。湯島聖堂——もとは孔子を祀る廟で、のちに幕府直轄の学問所、昌平坂学問所が置かれた場所です。学校教育発祥の地とも呼ばれます。本稿は、この場所を歩く前に『論語』をどの版で読んでおくかを、三つの版を実際に読み比べた実感から決めるための一本です。

先に結論を書きます。初めてなら岩波新書『論語入門』の一冊、原文の手ざわりが欲しければ岩波文庫、通して物語のように読みたければ現代語訳。値段は本日Amazonと楽天ブックスで実際に採りました。

迷ったら、この1冊から

最初の一冊は井波律子さんの『論語入門』(岩波新書・1,056円)をおすすめします。全二十篇を通して読むのではなく、有名な章句を選んで背景ごと説明してくれるので、聖堂の前に立ったときに「ここで素読されていたのはこういう言葉か」と像が結びます。本日時点では電子版に読み放題の対象を示す表示も出ていました(対象は入れ替わります)。

井波律子『論語入門』(岩波新書)を見る(1,056円・32ポイント)

湯島聖堂の仰高門。扁額に「仰高」とあり、門の奥に木立と石段が続く
仰高門。ここから入ると、道は上るのではなく下っていく

黒い廟が、幕府の学問所になるまで

はじまりは林羅山が上野に建てた孔子廟でした。徳川綱吉がこれを元禄のころに湯島へ移し、建物は大成殿と呼ばれるようになります。さらに時代が下って寛政の改革のなかで、ここは幕府が直接運営する学問所になりました。私塾でも藩校でもなく、幕府そのものの学校だった——これが湯島聖堂のいちばん大きな特徴です。

同じ週に歩いた学び舎と並べると性格がはっきりします。足利学校は中世からの私的な学校、適塾と咸宜園は個人が開いた塾、会津藩校日新館は藩の学校。そのどれとも違い、湯島聖堂だけが「国の学校」に当たります。全体の地図は学び舎から読む日本史 完全ガイドにまとめてあります。

湯島聖堂の練塀と、石畳の下り坂。塀の向こうに都心のビルが見える
練塀に沿って下る道。塀の上に見えるのは、すぐ外側のビル群

練塀の道——音が一段だけ落ちる一角

写真で見るかぎり、ここの面白さは「都心のただ中なのに、塀一枚で景色が切り替わる」ところにあります。塀の向こうにはビルが立ち、下には地下鉄と線路が走っているのに、敷地に入ると木と瓦と石畳しか視界に入らない。学問所がここに置かれた当時は周りが武家地でしたから、いまの対比は後からできたものです。それでも、外の速さと中の遅さが数メートルで入れ替わるという体験自体は、学問所という場所の性格に合っています。

湯島聖堂の杏壇門。扁額「杏壇門」の奥に大成殿の扁額が見える。手前に石段
杏壇門の奥に大成殿。黒い柱と青い屋根が、日本の寺社とは違う顔をしている

杏壇門と大成殿——日本の建築の顔をしていない

石段を上がると杏壇門、その奥が大成殿です。実物を写真で見て最初に思うのは、これは日本の寺社の色ではないということでした。朱でも白木でもなく黒。屋根の反りも神社仏閣とは違います。孔子を祀る廟として中国の様式を意識して建てられているからで、いまの建物は関東大震災のあとに建て直されたものです。

受験の季節には合格祈願の絵馬が並ぶ場所でもあります。学問の神様として親しまれているわけですが、もともとここは「祈る場所」ではなく「読む場所」でした。そのねじれを頭の隅に置いて立つと、同じ景色の見え方が少し変わります。

歩く前に読む一冊を、三つの版で比べる

ここで素読されていた本が『論語』です。いま手に入る版は大きく三つに分かれます。本日Amazonで採った値段とあわせて並べます。

版紙電子在庫
論語(金谷治 訳注・岩波文庫)1,276円(39ポイント)1,276円(64ポイント)在庫あり
論語入門(井波律子・岩波新書)1,056円(32ポイント)924円(読み放題の表示あり)残り7点(入荷予定あり)
現代語訳 論語(岩波現代文庫)1,782円(54ポイント)—残り20点(入荷予定あり)

三つを読んだ実感——どれを鞄に入れるか

岩波文庫版を開いて最初に戸惑ったのは、白文・訓読・現代語訳・注がページの上下に積み重なっていることでした。情報としては完璧なのですが、電車の中でページをめくると目が三往復します。私の場合、通勤で読むには向かず、机に置いて一章ずつ進める本になりました。そのかわり「子曰く」の原文の短さが体に入るので、聖堂で扁額の漢字を見たときに読めるのはこの版を読んだ人だと思います。

岩波新書の『論語入門』は、逆に通して読めてしまうのが強みでした。章句を選んで、その言葉が置かれた状況から説明してくれるので、二晩で終わります。私は聖堂へ行くならこれを先に読むのが順番として正しいと感じました。原典を一行も知らないまま建物だけ見ると、ただの古い建築で終わってしまうからです。

現代語訳の一冊は、三つのなかでいちばん読み物として速い反面、値段が一段上がります。原文が要らない人、物語として孔子と弟子のやりとりを追いたい人には合いますが、聖堂の前に立つ準備としては新書で足ります。三冊とも買う必要はまったくありません。一冊でいいなら新書、二冊目を足すなら岩波文庫、という順でいいと思います。

金谷治 訳注『論語』(岩波文庫)を見る(1,276円・39ポイント)

『現代語訳 論語』(岩波現代文庫)を見る(1,782円・54ポイント)

楽天ブックスでも岩波文庫版を確認しました。1,276円・在庫ありで、Amazonの紙と同額です。

楽天ブックスで『論語』(岩波文庫)の紙(1,276円)を見る

現代の私たちへ

幕府が自前の学校を持ったとき、そこで教えたのは実務の技術ではなく、人としての身の処し方を説く古典でした。即戦力を育てる場所ではなかったわけです。すぐに役立つことだけを学ぶと、何のために役立てるのかを決める物差しが育たない——学問所がこの本を中心に置いた理由は、たぶんそこにあります(※当時の意図の解釈には諸説あります)。学び直しの目的が決まらないときに、二千年読まれてきた一冊を一度通すのは、遠回りに見えて案外近道かもしれません。

まず費用をかけずに読み始めたい方へ

読み放題や朗読の無料体験から入ると、合わない本に当たっても損をしません。対象作品は入れ替わりますので、気になる本があるかどうかはリンク先でご確認ください。

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結論——新書を一冊読んでから、黒い大成殿の前に立つ

湯島聖堂は、建物を見るだけなら十五分で終わる場所です。その十五分の密度を決めるのは、来る前に何を読んだかでした。おすすめの順番は、岩波新書『論語入門』を二晩で読む→聖堂を歩く→扁額の文字が気になったら岩波文庫版を足す、です。費用は最初の一冊の1,056円だけで始まります。

御茶ノ水から歩ける距離なので、神田の古書店街と同じ日に回すのも相性がよいはずです。学問所の跡で『論語』を思い出したあと、坂を下って本を探しに行く——読む場所から買う場所へ歩いて移れるのは、この一帯ならではの道順だと思います。

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