青森県弘前市、弘前公園のなかに建つ三重の天守は、全国に十二しか残っていない現存天守のひとつです。ただ、この城のおもしろさは古さではありません。南部氏の一族だった大浦為信が津軽一円を切り取って「津軽」を名乗り、豊臣秀吉にその領有を認めさせた——その独立の結果として建った城だ、という点です。※諸説あり/記録によれば、為信の独立は南部側から見れば長く「裏切り」と語られてきました。わたしがこの城に惹かれたのは、堀と門と天守の配置そのものが、その独立のいきさつを今も説明しているからでした。紅葉の季節に歩く前に読む一冊を、目的別に三つ比べます。
まず一冊なら、明治初期の津軽の道を絵で追える漫画がいちばん入りやすいです。
津軽が「南部ではなくなった」場所

大浦為信(のちの津軽為信)は、もともと南部氏の一族である大浦氏の当主でした。元亀二年(1571年)ごろから石川城などを攻め、十数年かけて津軽を平定していったと伝えられます。※諸説あり/記録によれば、この平定の年次と順序は史料によって幅があります。
決定的だったのは天正十八年(1590年)です。為信は小田原へ参陣し、豊臣秀吉から津軽の領有を認められました。これで津軽は、南部氏の内側の一勢力ではなく、独立した大名家になったわけです。南部側はこれを認めず、両家の関係は江戸時代を通じてこじれ続けました。翌天正十九年(1591年)に南部領で起きた九戸政実の乱も、こうした北奥羽の揺れのなかの出来事です。
弘前城の築城は慶長八年(1603年)に為信が計画し、為信の死後、二代・信枚の代である慶長十六年(1611年)に完成したと伝えられます。この城は、独立を勝ち取ったあとで、それを形にするために建てられた城です。だから見どころは天守だけではなく、三重の堀と広大な縄張りそのものにあります。
五重の天守が消え、隅の櫓が天守になった

いま見上げる三重の天守は、じつは創建時のものではありません。完成当初、本丸には五重の大きな天守が建っていましたが、寛永四年(1627年)に落雷で焼失したと伝えられます。※諸説あり/出火の経緯については記録に幅があります。
そこから百八十年あまり、弘前城には天守がありませんでした。文化七年(1810年)になって、本丸の南東隅にあった辰巳櫓を建て替える形で、いまの三重の天守が造られます。だから弘前城の天守は本丸の中央ではなく、隅に立っているのです。城内を歩いていて「天守がずいぶん端にあるな」と感じたら、それは記憶違いではなく、この城の来歴そのものです。
もうひとつ見逃せないのが追手門です。三の丸に現存するこの門は、江戸初期の姿を伝えるとされ、櫓門としては装飾がきわめて少ない。飾らずに厚く造る——独立したての家が城を建てるとき、何を優先したのかが門に出ています。なお近年は、石垣の修理にともなって天守を移動させる大がかりな工事が続いてきました。訪ねる前に、天守の位置と公開状況を市の最新の案内で確かめておくと確実です。
歩く前に読む三冊を、目的別に比べる
弘前城と津軽を扱った本は、切り口が三つにきれいに分かれます。同じ土地でも「戦国の独立」「明治の道」「昭和の帰郷」で見える景色がまるで違うので、自分がどの時間に立ちたいかで選ぶのがいちばん失敗しません。
① 城ができる直前の北奥羽を知りたいなら『天を衝く』
高橋克彦さんの『天を衝く』(講談社文庫・全3巻)は、天正十九年に秀吉の大軍と戦った南部の武将・九戸政実を主人公にした歴史小説です。為信が主役の物語ではありませんが、南部という大きな家が内側から割れていく時期の空気がそのまま書かれていて、津軽の独立が「なぜあの時期に成立したのか」が腹に落ちます。文章は硬めですが会話が多く、戦国小説に慣れていない人でも一巻で乗れます。史実寄りの一冊を選びたい人はこれです。
② 絵で津軽の風土に入りたいなら『ふしぎの国のバード』
佐々大河さんの『ふしぎの国のバード』は、明治十一年(1878年)に日本を旅したイギリス人旅行家イザベラ・バードを描いた漫画です。彼女は秋田から碇ヶ関を越えて津軽へ入り、青森から船で北海道へ渡りました。城の物語ではなく「その土地で人がどう暮らしていたか」を描く作品なので、弘前の町を歩くときの目のつけどころが変わります。わたしはこの漫画を読んでから東北を歩くようになって、宿と道と食べもののほうを先に見るようになりました。三冊のなかでいちばん短時間で読めて、いちばん入口が広いのもここです。
③ 津軽人の自画像を読みたいなら『津軽』
太宰治の『津軽』(新潮文庫)は、昭和十九年(1944年)に故郷を三週間ほど歩いた記録です。太宰は金木の生まれで、旧制の弘前高校に学びました。外から来た人が書いた紀行ではなく、内側の人間が書いた自己紹介である点がこの本の値打ちで、津軽の人の照れ方や強がり方が容赦なく書かれています。歴史の本ではありませんが、弘前城を「観光地」から「誰かの土地」に変えてくれる一冊です。六百円台で買えるのもありがたいところ。
迷ったときの決め方。戦国と城の話が読みたいなら『天を衝く』、絵から入りたい・時間がないなら『ふしぎの国のバード』、旅の前夜に土地の空気だけ吸っておきたいなら『津軽』。三冊とも独立して読めるので、順番に決まりはありません。
紅葉の追手門で、足が止まった話

弘前公園は、堀の水面に紅葉が落ちる時期がいちばんきれいだと言われます。わたしが足を止めたのは、しかし紅葉そのものではなく、追手門の柱の太さでした。門をくぐる一瞬だけ空が切り取られて、そこから振り返ると、独立したばかりの家がこの門に何を託したのかが、なんとなく分かる気がしたのです。
現代の私たちへ。津軽為信がやったことは、大きな組織の内側にいた人間が、外の権威に直接認めてもらうことで独立した、という話です。功績を上げるより先に「誰に認めさせるか」を選んだ。いま自分がいる場所で評価されないとき、評価の土俵そのものを替える手がある——弘前城の縄張りは、四百年前のその判断の記録です。ただし独立の代償として、南部との関係は二百五十年こじれ続けました。得たものと引き換えに何を失うかまで含めて、この城は正直です。
安く読みたいときの手
三冊まとめて揃えると負担が大きいので、読み放題や聴く形から試す手もあります。対象作品は時期によって入れ替わりますので、申し込む前に最新の対象状況をご確認ください。
紙で買うなら楽天でも新品が出ています。
楽天|佐々大河『ふしぎの国のバード』1巻(ハルタコミックス)
どの一冊を鞄に入れるか
弘前城は、独立を勝ち取った家が、それを形にするために建てた城でした。五重の天守を落雷で失い、百八十年後に隅櫓を建て替えて天守と呼んだ経緯まで含めて、この城は手持ちのもので何とかしてきた家の記録です。紅葉の追手門をくぐる前に一冊だけ入れるなら、わたしは『ふしぎの国のバード』を勧めます。城の外側にある津軽の暮らしが見えていると、城の内側の話も届き方が変わるからです。
津軽の周りを歩くなら、奥入瀬渓流・十和田湖 歴史さんぽと平泉・中尊寺 歴史さんぽもあわせてどうぞ。夏の火の祭りなら秋田・竿燈まつり 歴史さんぽが近い話をしています。東北の千年をまとめて追いたい方はみちのくの歴史を漫画と歴史小説で学ぶ完全ガイドから入るのが早いです。『ふしぎの国のバード』の巻数やあらすじは作品紹介の記事にまとめました。北陸の紅葉の寺なら那谷寺 歴史さんぽもどうぞ。



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