「ペリリュー島」という地名を、私はこの漫画で初めて知りました。武田一義さんの『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』は、太平洋戦争の激戦地となったパラオ諸島・ペリリュー島の日本軍守備隊を、まるい目とやわらかい線で描いた全11巻の作品です。表紙だけ見ると児童書のようなのに、中身は戦場から一歩も目をそらしていません。八月という季節に、最初の一冊として手に取ってほしい一作です。
『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』とはどんな作品か
白泉社『ヤングアニマル』で連載された、武田一義さんの長編戦争漫画です。第1巻は2016年7月29日、最終第11巻は2021年7月29日に刊行され、ちょうど五年をかけて全11巻で完結しています。第1巻は211ページ。※刊行日・ページ数・巻数はAmazon商品ページの登録情報より。
特筆すべきは、監修に平塚柾緒さん(太平洋戦争研究会)が入っていることです。絵柄はデフォルメされていますが、装備・地形・戦況の推移は資料に当たったうえで組み立てられています。※監修者の表記はAmazon商品ページの著者情報より。
主人公は漫画家志望の二等兵・田丸均。絵が描けるという理由だけで「戦記を描け」と命じられ、死ぬことより生き延びて記録することを求められるという、戦争漫画では珍しい立ち位置に置かれます。
あらすじ|「二、三日で片がつく」と言われた島で
物語は1944年、パラオ諸島の南端に浮かぶ小さな島から始まります。記録によれば、この年の九月に米軍がペリリュー島へ上陸し、当初は短期間で決着がつくと見られていた戦闘が、二か月以上にわたって続きました。※戦闘の経過・期間には諸説あり、資料により記述が異なります。
島の守備隊は洞窟と地下陣地に籠もり、水も食料も断たれたまま持久戦に入ります。田丸は上官から「この戦いを漫画に残せ」と言われ、鉛筆と紙を抱えて戦場を歩き回ることになります。仲間が減っていくたびに、彼のノートには顔と名前が増えていく——そういう構造の話です。
私が最初に読んだとき、いちばん驚いたのは「腹が減った」「便所に行きたい」という描写に、これほど紙幅が割かれていることでした。玉砕でも英雄的な突撃でもなく、水を探し、缶詰を分け、下痢に苦しむ。戦場の大半はそういう時間でできていたのだと、この作品で初めて実感しました。
読む前に知っておきたい|ペリリュー島の戦いとは
ペリリュー島は、パラオ諸島の南端にある東西・南北とも数キロほどの小さな島です。記録によれば、飛行場が置かれていたことから戦略上の要地とされ、1944年に日米が激突しました。※島の規模・位置は一般的な地理資料より。
この戦いがしばしば語られるのは、それまでの水際で迎え撃つ戦法をやめ、洞窟と地下陣地に潜って持久戦に持ち込んだ点にあります。短期間で終わると見られていた戦闘が長期化した背景には、この方針転換があったとされています。※戦術の評価・期間には諸説あり、資料によって記述が異なります。
とはいえ、この作品を読むのに前提知識はほとんど要りません。田丸が見聞きしたことをそのまま追っていけば、なぜ島が地下に潜ったのかは自然に分かってきます。年表を先に覚えるより、まず1巻を開くほうが早いタイプの作品です。
読みどころ|絵柄と中身の落差が、そのまま仕掛けになっている
ひとつめは、絵と内容のギャップです。丸っこいキャラクターだからこそ、読者は警戒を解いて中へ入っていけます。そして入った先で、逃げ場のない現実を見せられる。もしリアルな劇画だったら、私は途中で本を閉じていたと思います。この絵柄は優しさではなく、最後まで読ませるための設計だと感じました。
ふたつめは、生活の解像度です。飯盒の中身、洞窟の湿気、包帯の足りなさ。戦記でよく省略される部分が、この作品では主役級の扱いを受けます。数字で語られる「戦死者何名」が、ひとりずつの空腹に分解されていきます。
みっつめは、終わらない「戦後」です。最終第11巻は、島を出たあとの長い時間を扱います。生き残った者が、帰国してからどう生きたのか。戦友の家をどう訪ねたのか。何を語り、何を語らずにきたのか。戦争は上陸の日に始まって終戦の日に終わるものではない——という当たり前のことを、最後の一巻がまるごと使って書いています。
現代の私たちへ
田丸に与えられた任務は、戦うことではなく記録することでした。役に立っている実感がなく、周りからは「絵なんか描いていて」と見られる。それでも彼は描き続けます。
いま自分がやっている地味な作業も、たぶん同じです。誰にも褒められず、成果もすぐには見えない。けれど記録が残っていなければ、その出来事は「なかったこと」になります。この作品そのものが、七十年以上前の誰かの記憶を拾い集めて成立している——それがいちばんの証拠だと思います。
こんな人におすすめ
- 戦争漫画を読みたいが、重すぎる絵柄で挫折してきた方
- 八月に、戦争について何か一冊だけ読んでおきたい方
- 『この世界の片隅に』のように、生活の側から戦争を見た作品が好きな方
- お子さんと一緒に読める入り口を探している保護者の方
『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』をお得に読む
全11巻で完結しているので、途中で止まる心配はありません。まず1巻を読んで絵柄と距離感を確かめ、大丈夫だと思えたら最後まで一気にという進め方をおすすめします。なお本稿の執筆時点で、第1巻の電子版はKindle Unlimitedの読み放題対象としてAmazon商品ページに表示されていました。※読み放題の対象は変更されることがあります。最新の表示をご確認ください。
よくある質問
『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』は完結していますか?
はい。全11巻で完結しています。最終巻は2021年7月29日刊行です。さらに続編として『ペリリュー ―外伝―』も刊行されています。※巻数・刊行日はAmazon商品ページの登録情報より。
史実そのままの記録なのでしょうか?
監修が入った作品ですが、主人公の田丸をはじめ物語は創作を含みます。史実の記録そのものではなく、資料をもとに再構成された歴史フィクションとして読むのが適切です。※戦闘の経過には諸説あります。
絵柄がかわいいのは、内容を軽くしているからですか?
逆だと思います。読者を中へ入れるための入り口として絵柄が機能していて、描かれる内容そのものに手加減はありません。
子どもと一緒に読めますか?
戦傷や死の描写はあるため、年齢によっては大人が一緒に読むほうが安心です。ただ過度に凄惨な描き方を避けているぶん、同種の作品のなかでは間口が広い部類に入ります。
巻数が多い作品は、読み放題のほうが総額を抑えられることがあります。1冊ずつ買い足すか、月額で一気に読み切るかは、残りの巻数で決まります。まず対象作品に入っているかだけ確認してみてください。
まとめ
『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』は、太平洋戦争の激戦地を、空腹と排泄と冗談でできた日常の側から描いた全11巻の作品です。やわらかい絵柄は読者を油断させ、油断したまま最後まで連れていきます。そして最終巻で、戦争が終わったあとにも長い時間が続いていたことを見せる。八月に一冊だけ選ぶなら、私はこの作品をすすめます。まずは1巻から、どうぞ。
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