伊豆の田んぼの向こうに、煉瓦の煙突が四本、ぬっと立っています。韮山反射炉は、大砲を鋳るための鉄を溶かした炉です。私は世界遺産と聞いて壮大な工場跡を想像して行ったのですが、実物は思ったより小さく、そして思ったより農村の真ん中にありました。この違和感がどこから来るのかを知りたくて、帰ってから二冊読みました。
この記事では、韮山反射炉とその近くの江川邸を歩くときに持っていきたい本を、佐々木譲『英龍伝』と『幕臣たちと技術立国』の二冊で比べます。どちらも同じ江川英龍という人を扱いますが、入口がまったく違うので、どちらを先に読むかで旅の見え方が変わります。

歩く前に一冊だけ選ぶなら
佐々木譲『英龍伝』(毎日文庫・858円)を見る
韮山反射炉とはどんな場所か
反射炉は、燃やした炎を天井で反射させて一点に集め、鉄を溶かす炉です。溶けた鉄を型に流せば大砲になります。記録によれば、韮山の反射炉は韮山代官の江川英龍(坦庵)が築造に取りかかり、その死後に子の英敏の代で完成したとされます。江戸湾の防備、つまり品川の台場に据える砲を自前で鋳るための設備でした。※諸説あります
いまは二基が直交して残り、煙突が四本立っています。二〇一五年に「明治日本の産業革命遺産」の構成資産のひとつとして世界文化遺産に登録されました。実際に稼働した反射炉としてほぼ完全な形で残る例は国内でも限られており、ここが貴重なのはその一点です。

江川邸まで足を伸ばすと話がつながる
反射炉から車で数分のところに、江川家の住宅と韮山役所跡があります。こちらは代官所の建物そのもので、生活と行政の場です。反射炉だけを見ると「幕末の軍事施設」という印象で終わりますが、代官所の土間に立つと、同じ人物が年貢や治水を差配しながら大砲の炉を建てていたことが実感として入ってきます。私にとっては、この二か所をつなげて歩いたことが一番の収穫でした。

歩く前に読む2冊を比べる
佐々木譲『英龍伝』(毎日文庫・858円/368ページ)
小説です。江川英龍という一人の代官が、飢饉の対応から海防の建言へ進んでいく過程を、人物の内側から書きます。強みは、反射炉に至るまでの「なぜ」が感情の線でつながることです。現地で煙突を見上げたときに、設備ではなく人の執念として立ち上がってきます。弱みは、制度や技術の細部が物語の必要な範囲に絞られる点です。
『幕臣たちと技術立国』(集英社新書・224ページ)
新書です。江川英龍に加えて中島三郎助、榎本武揚を並べ、幕末の幕臣たちが技術で国を立て直そうとした流れを整理します。強みは、反射炉が単発の思いつきではなく、造船や測量とひと続きの計画だったと分かることです。弱みは、人物の内面には深入りしないので、読んでいて胸が熱くなる種類の本ではないところです。⚠️品切れや価格変動があるため、金額はリンク先でご確認ください。
どちらを先に読むか
結論は目的で決まります。旅の前に一冊だけなら『英龍伝』です。物語として人物が入っているほうが、現地で見るものが多くなります。帰ってから整理したいなら『幕臣たちと技術立国』で、反射炉を点ではなく線の中に置き直せます。両方読むなら小説が先、新書が後の順が自然でした。
二冊を実際に手に取るなら
英龍伝(毎日文庫・858円)をAmazonで見る
幕臣たちと技術立国(集英社新書)をAmazonで見る
楽天ブックスで『英龍伝』を見る
反射炉が農村の真ん中にあるのは、当時ここが最前線ではなかったからです。外からの脅威を聞いた地方の役人が、自分の持ち場でできることとして炉を建てた。命令が下りてくるのを待たずに、手元の資源で試作してみる。新しい技術を前にした組織の動き方として、これは二百年近く経ったいまも古びていないやり方だと思います。
歩き方のメモ
反射炉そのものは広くないので、見学はガイダンスセンターと合わせても一時間ほどです。江川邸を加えて半日、伊豆長岡の温泉まで足を伸ばすなら一泊という組み立てになります。開館時間や料金は季節で変わるので、訪ねる前に公式の案内で確認してください。
よくある質問
世界史や幕末の知識は必要ですか
不要です。黒船が来て国防が急に問題になった、という程度で十分に楽しめます。予備知識を一冊で足したい方は、下の関連記事で紹介している幕末の通史まんがが近道です。
反射炉は実際に大砲を作ったのですか
記録によれば鋳造は行われたとされますが、生産量や性能の評価には幅があります。※諸説あります。現地の展示でも「試行錯誤の途上だった」という位置づけで説明されています。
まず無料の範囲で試すなら
Kindle Unlimited の無料体験を見る
Audible の初回無料を見る(移動中に一冊進む)
なお読み放題や聴き放題の対象作品は入れ替わりがありますので、対象かどうかはその都度ご確認ください。
まとめ
韮山反射炉は、幕末の危機感が伊豆の農村でどんな形をとったかが、そのまま煉瓦になって残っている場所でした。持っていく一冊は『英龍伝』、帰ってからの一冊は『幕臣たちと技術立国』。人から入って構造で締める順番が、この土地にはいちばん合っていると思います。
関連記事
同じ週テーマの海側は下田 歴史さんぽへ。反射炉が必要になった国際情勢は陳舜臣『阿片戦争』が背景を埋めてくれます。幕末の通史をまんがで押さえたい方はみなもと太郎『風雲児たち』、幕末の別の現場を歩くなら寺田屋 歴史さんぽもあわせてどうぞ。
あわせて読みたい:出島 歴史さんぽ|扇形の島を歩く前に読んだ三冊
あわせて読みたい:品川台場 歴史さんぽ|第三台場の土塁を歩く前に読む3冊を目的別に比べる



コメント